深見奈緒子『イスラーム建築の世界史』

深見奈緒子イスラーム建築の世界史』

  イスラーム建築を、世界に開かれた建築として、風土や生態系を超えて,人やモノや情報の世界への移動から捉えようとする壮大な著作である。さらに歴史的に8世紀イスラームの誕生から、アラブ統一様式の創出の11世紀まで、ペルシア文化復興と十字軍の13世紀、モンゴル帝国の16世紀まで、さらに18世紀までのイスラーム大帝国(オスマントルコ、ムガル、サファヴィー朝)の絢爛から現代建築まで辿っており、イスラーム建築の百科全書を読むようである。図版や写真も多数あって楽しい。
  インド、北アフリカ中央アジア、東南アジア、環インド洋、中国までの広範囲の風土と生態系により成立したイスラーム建築の特徴を知ることが出来る。だが、私は世界史に開かれた文化接触の変容や、土着様式との折衷様式の成立が面白く読めた。8世紀ウマイヤ朝の集団礼拝のモスクは、キリスト教会堂や古代地中海様式の技法から影響される。。多柱式モスクのアラブ統一様式は、オリエント世界に伝わり、煉瓦造のピアに、蒲鉾形のトンネル・ヴォールトを架ける。最後の審判を待つ宮殿様の墓建築も始まり、17世紀ムガル朝のタージ・マハルまで行き着く。ドームやタイル使用も後世まで続く。深見氏によれば、東地中海に普及した東方教会建築は、当時のイスラーム建築と接点があるという。
  十字軍時代にヨーロッパのロマネスクやゴシック建築は、イスラーム建築によって、交差部ドームのアーチ・ネットなどに影響を与えられたという深見氏の見方や、15世紀のルネスサンス建築のドームも古代ギリシァにないので、イスラームの模倣から生じているというのも驚きだった。16世紀から18世紀の三代帝国の建築様式は、やはり壮観である。オスマン帝国は逆にビザンチンキリスト教文化を受容し、ハギア・ソフィィア大聖堂をモスクに改める。サファヴィー朝はペルシア様式の集大成として、公園が多い庭園都市イスファハーンが作られる。ムガル朝の大庭園附墓建築も凄い。
  深見氏の本で世界建築史は、次第に文化接触という見方で塗り替えられていくかもしれない。インド亜大陸から中国、東南アジア、環インド洋におけるイスラーム建築の土着化(折衷様式)も注目される。(岩波書店