ベラ・バラージュ『視覚的人間』

ベラ・バラージュ『視覚的人間』



1920年代映画の勃興期にだされた映画論の古典であり、映画という新興芸術への熱い思いが論じられている。これからは映画なしには文化史、民族心理学は書けないともいう。印刷術による読まれる精神に見える精神に変わり、視覚の文化が概念の文化に変わった、精神は直接肉体となり、文化は抽象的精神から肉体という形をとった文化に具体化される。映画は最初の国際言語になると、いまから見るとあまりにも期待が強く楽観的映画論に見える。
バラージュは外面的な顔の相貌や身振り、表情の動きで感情を表現するドラマを重要視するから、当然にクローズ・アップが重要な映画の固有領域になる。最大の生といえども細部と個々の契機という小さな生から成り立つから、群集や巨大なものもクローズ・アップによって映画印象主義は成立するとバラージュは考える。さらに自然風景、労働現場、動物、子供、スポーツなどの映画的動きがクローズ・アップ論として考察されていて面白い。映像構成でもいまや常識化しているモンタージュ論もエイゼンシュタインの映画作品の前に考えられているのも、先見性があるといえる。
微視的観想による表面芸術として人間の顔を中心にして映画を論じているのは、確かに無声映画時代だったからだが、映画芸術の始まりの時代に視覚的人間からの映画論は、普遍的映像論として現代でも意味を持つ。現代テレビ映像では『家政婦のミタ』のようにクローズ・アップの無言で笑わない顔の表情が使われたりする。(岩波文庫佐々木基一、高村宏訳)