川村静志『民俗学ー終焉からの再起動』


   川村静志『民俗学―終焉からの再起動』(「歴博」第191号)

    国立大法人化以後、人文科学系の予算は削減され、さらに統廃合の動きが文科省でいわれる。民俗学も危機にある。歴史学者網野善彦は、高度成長以後の日本の社会の大変革を言っていたが、いま少子高齢化により、農山漁村の行事や儀礼、生業の語りや技能が失われ、家や村も消えつつある。川村氏(国立歴史民俗博物館)は、民俗学の調査対象の危機とともに、民俗学が文字資料重視や文化人類学などに依存していて、新たな展望が見えないと指摘している。
   民俗学は各地に伝承された生活習慣を資料として、日本人の生活を明らかにする学問である。柳田國男や、折口信夫南方熊楠宮本常一など多くの学者を輩出した。だが川村氏は「祭りの終わる日」で、石川県輪島市の皆月・山王祭が2014年に中止したことを取り上げ、青年三人しか残っていず、民俗対象が消失していると述べている。
   民俗学の中核を担う昔話や民話など「口承文芸」は、伝承形態が消失していると、飯倉義之氏(國学院大)は言い、話型研究、語り手研究、都市伝説などで細々続いているという。電子メディアによる「デジタルな文字=口承」の可能性や、都市での昔話の「語りの会」などに今後の期待を示す。私は、戦争体験や震災体験、原爆体験などを、口承文芸として民俗学化すべきだと思う。
   川村氏は、民俗学のフィールドワークを、有識者型、観察者型、仲介者型にわけ、地域の民族文化の仲介者として、再創造にかかわっていく仲介者を重視している。実学的な民俗学への志向だといっていいだろう。限界集落再興や、里山資本主義のコミュニティ作りとも関わりそうだ。(『歴博』2015年7月号、歴史民俗博物館振興会刊)