田口卓臣『怪物的思考』

田口卓臣『怪物的思考』

18世紀啓蒙期フランスの思想家・ディドロを、初期代表作「自然の解明に関する断想」によって、田口氏は、実証的科学の思想から逸脱し、例外、偏差などの特異のもので体系的「大きな物語」を解体していく「怪物的思考」に焦点を集めて論じている。
田口氏のディドロ解釈は、ドゥルーズフーコーなどのポストモダンの魁として読みすぎるという批判もあるかもしれない。またホルクハイマーとアドルノの「啓蒙の弁証法」を先取りしているという点に、啓蒙思想家の矛盾を感じるかもしれない。
   ディドロという存在そのものが、「怪物的」だ。劇作家であり、小説家であり、哲学者であり、生物学者であり、芸術論や「ブガーンヴィル航海記補遺」「オランダ旅行記」など書く「百科全書」派なのである。
   啓蒙の光で排除された知の回復と中川久定氏はいい、「理性と非理性、西欧と非西欧、主人と召使、男性と女性、大人と子ども、健常者と障害者、人間と動物、覚醒と夢」など後者に開かれた知の空間がディドロにはあると指摘している。(『ディドロ』、「人類の知的遺産」講談社
  田口氏は、科学思想に焦点をあわせ、自然現象を単一の原理・法則や、目的論に置く還元主義を批判し、例外、逸脱。過剰などを、「補遺」「や「続編」といった文学的方法で書いていくディドロを描く。。幾何学主義にも、実験科学主義にも組みせず、微小な差異・偏差を重んじ、プリゴジンの「複雑系」と「理論の抵抗」(ド・マン)を、ディドロは描いたと田口氏はいう。
法則や規則の体系に縛られない柔軟な流体的思考の持ち主ディドロについて、ニュートンの力学的配列原理、植物学者リンネの分類学、自然学者モーベルテュイの有機体形成論に、ディドロは学説内容の「外部」を露呈させていく。
田口氏は自然哲学」に集中してディドロ思想を描き出すが、私はさらに芸術論や精神心理(神経学)、小説などにも触れてもらいたかった。ボォルテール、ダランペール、ルソーなどフランス啓蒙思想の深さと厚さが、今後もっと探究されていくことを期待したい。(講談社選書メチエ