貞抱英之『消費は誘惑する』

貞包英之『消費は誘惑する』
   
                江戸時代18,19世紀社会の消費を論じた歴史社会学の傑作であり、副題に「遊郭・白米・変化朝顔」とあるように、この三分野から探究している。
                貞包氏は、ベンヤミンの「パーサジュ論」や吉本隆明内田隆三の大衆消費論に影響を受け、「公共性」「絆」というよりは、私的消費や家族から論じようとしている。それを江戸時代から明治維新の消費社会において考えているのが斬新である。
                江戸期商品経済の浸透により、私的消費技術を「性的交通」として、遊郭での遊び、酒食の洗練・社交から見る。また「物質・労働的交通」では、白米色、料理屋、屋台の隆盛、さらに「情報・信仰的交通」では、朝顔などの園芸植物流行を歴史的に見ており面白い。
                遊郭はなぜ興隆したかでは、遊女屋が家父長制の擬制とし「娘」として育成し、貨幣取得のため娘を売る相互取引から成り、「嫁入婚」の擬制消費化とみる。とともに酒や料理の洗練化での散財・消尽とともに、家族から逸脱した性的交通から閉ざされた人々の性的消費として発展していく。
                白米はなぜ好まれたかでは、18世紀の「米価安諸色高」の経済下、剰余としての米は「感覚の高度化」による差異のブランド化により、白米と日本酒が洗練されていく。
                変化朝顔はなぜ産まれたかでは、メディア的な広告効果の展開で、朝顔のデザイン的流行現象が産まれてくる。植物を西欧や中国の植物学や博物学の科学的な分類嗜好ではなく、イメージ・模像として園芸の安価でしがらみなく、色彩も変化する朝顔が限りなき消費として好まれていく。
                大家族の解体や小家族の成立、さらに今小家族のネット社会での弛緩と貞包氏の視点は、家族社会と消費社会を相互性で捉えていくのが興味深い。
                生産社会の史観ばかりでなく、消費社会の史観で、近世社会から近代社会への歴史を描いていくのは、今後注目される。(青土社