渡辺尚志『百姓の力』

渡辺尚志『百姓の力』

              江戸時代の、とくに18世紀の「村」から百姓の生活を、古文書を調査して明らかにしようとした近世史の力作である。渡辺氏がいう「百姓」とは、農民などの特定の職業従事者でなく、職業と深く関連しつつも、村人と領主が村の正規の構成員として認めた人をさし、「村落共同体」を構成した人である。
              江戸18世紀は生産力が発展し、小農自立による「家」が成立し、惣村という閉鎖的村が出来て、村掟、村有財産もち、村方三役が年貢を村請でおこなう「自治的」な村落共同体が出来た。渡辺氏は年貢勘定は、小百姓の寄合の相談できめられさえしていたという。
              土地所有は、太閤検地以来大きく変わった。土地所有は重層的であり、史的所有権よりも村共同所有が重視されていたという。
              危険負担回避のため、村が主体となって定期的に耕地を割り替える「割地」や、「無年希的質地請け戻し慣行」があり、担保物件の土地が質流れになっても、何年立つて元金を返せば取り戻せる制度もあった。
             「個々の土地は個々の百姓の物であると共に村全体のもの」という考えが強い。渡辺氏は、「集団的で重層的土地所有」という。入会地など山野や、村落共同体の年貢の自治的な割付など「村落共同体」重視の歴史観である。             教育、医療、弱者の救済、冠婚葬祭、祭り、消防・警察(地倹断)などもそうだが、一方では領主との行政単位の村請制村でもあり、村より下位単位の集落との関係もある。
             村と村との地域連携関係は「組合村」を作り出したが、用水始め、災害などに必要だが、同時に幕藩領地層の地域支配とも結びついていくという。19世紀から明治維新にかけて、こうした村落共同体がどう変わっていったかも、渡辺氏は論じている。
             商品・貨幣経済の浸透は、土地重視の税制を行き詰まらせ、村内の貧富格差が、村方騒動など共同体を揺るがしていく。私は渡辺氏の豪農の四類型分化は面白かった。
             地租改定と困民党事件が、近代土地所有の画期になり、村落共同体を弱めていくというのも、興味深い。(角川ソフィア文庫