鈴木直『マルクス思想の核心』

鈴木直『マルクス思想の核心』

   新自由主義金融危機の時代に、マルクスが読み直されている。鈴木氏は、西欧近代の啓蒙思想の文脈の中で、経済的・政治的解放だけでなく、「人間的解放」という類的存在の視点で、マルクス思想を捉え直そうとしている。
   鈴木氏は現代資本主義の危機を取り上げた2冊の本を紹介している。一つはシュトレーク『時間稼ぎの資本主義』で、①インフレによる時間稼ぎ②国家債務による時間稼ぎ③民間債務における時間稼ぎ④中央銀行による時間稼ぎだという。もう一冊はピケティ『21世紀の資本』で、富裕層と貧困層の格差拡大は、資本収益率が経済成長率を上回るとき不平等はますますひろがるというものだ。
   鈴木氏は、これを踏まえて、マルクス思想との相違に迫っていく。自由主義批判と疎外論で、政治的解放でなく人間的解放(生産経済構造)へ、「類的本質」からの疎外としての宗教批判、経済学批判に進み、賃金労働の本質、貨幣への「資本論」を、マルクス思想の核心として論じている。
   副題が「21世紀の社会理論のために」とあるように、この本の後半はホッブスの社会契約論・国家主権論やヘーゲル市民社会と国家の関係にまで広げられていく。そこで商品は何故貨幣を必要とするかでマルクスの「価値形態論」にもどり、啓蒙思想が「実体論」で、マルクスは「関係論」だという。このあたりは飛躍がありすぎるように思う。
   さらに鈴木氏の本をむずかしくしているのは、最後の現代社会理論の条件で、マルクスは、人間の類的本質のなかに、実体化や物神化の認識が潜んでいるのを知っていたという論だ。
   そこから存在論と認識論の問題が論じられ、リードル『認識の生物学』から進化論的認識論にいたる。さらに世界の階層性に飛び、「世界市民的立憲体制」が構想される。
   私は、マルクス思想の初期から経済学批判、資本論にいたる発展は鈴木氏に同感する。だが政治理論としてマルクスが、啓蒙思想の社会契約や民主主義的立憲思想などの、人間解放の政治理論をブルジョア思想として否定し発展させなかったために、政治学を経済学に解消したために、ソ連や中国のような共産党独裁の共産国家が生まれてしまったのだと思うのだが、どうだろうか。(NHKブックス)