権左武志『ヘーゲルとその時代』

権左武志『ヘーゲルとその時代』

   19世紀ドイツの哲学者ヘーゲルは、現在でも大きな影響力ある思想家である。権左氏によると、「プロイセンの国家哲学者」という見方がある一方、アメリカの思想史家ロールズ氏は「斬新的改革に共鳴するリベラリスト」として、カントやミルと並ぶ自由主義の視点から捉えているという。
   冷戦終結以後、フランシス・フクヤマ氏は、ヘーゲルを使い「歴史の終焉」論を展開し、新自由主義歴史観を展開した。権左氏によれば、フランスの哲学者コジェーブの間違ったヘーゲル読解を、新保守主義に都合のよい仕方で解釈したものという。権左氏は、ヘーゲル思想を「ヨーロッパ近代を規範的に根拠づけた最初の近代の哲学者にして、カントに始まる観念論を最後に完成させた哲学者」と見ている。
   権左氏は、ヘーゲル思想をフランス革命以後から、プロイセンの復古時代の激動する時代体験を踏まえながら、いかにその思想が形成されていったかを考察している。若きヘーゲルがいかにフランス革命に衝撃を受けたかから始まり、神聖ローマ帝国の崩壊と『精神現象学』、新秩序ドイツと『法哲学綱要』、プロイセン国家の興隆と『歴史哲学講義』とを時代にからめて、その思想形成を論じている。ドイツ近代史とドイツ観念論の形成がよくわかる。
   私が興味深く読んだのは、ヘーゲルとその後の時代である。ヘーゲル学派が分裂し、歴史主義を産み、それが歴史相対主義ナショナリズムの正統化論に行きつく。他方マルクスによる観念論の転倒と、唯物史観、資本主義と共産主義論になる。権左氏のマルクス共産主義国家の崩壊論は面白く読めた。
   さらに、ニーチェは、ドイツ・ロマン主義を発展させ、過去を忘却し、現在の地平に限定する現在中心主義と、芸術や宗教により永遠に到達する直観主義を対置し、ヘーゲルで結合していた永遠と時間、理性と歴史は切り離され「生の哲学」に行きつく。ヘーゲルの後継者のドイツ歴史主義、マルクス主義ニーチェ派は、ナショナリズム、生産力の発展史観、社会ダーヴィニズムに貢献したと権左氏はいう。
 権左氏は、ヘーゲルの「負の遺産」として国民国家ナショナリズム、カント批判の一面性、西欧中心主義のオリエンタリズムをあげている。冷戦終結後のヘーゲル再評価と、新自由主義ポストモダン思想の隆盛は、ヘーゲルなどの近代主義思想の捉え方と関わって来ると思う。(岩波新書