田中浩『ホップス』

田中浩『ホップス』

             17世紀英国の市民革命時代に、古典的名著『リヴァイアサン』を書いた哲学者・ホップスは91歳まで生きた。ほぼ同年齢の高齢の田中一橋大名誉教授が、ホップス思想の書を書くのはやはり凄い。
             近代国家論の祖といわれ、人間個人の自己保存のための「生命の安全=人権」のため社会契約論と、その共通の力の合成による共通権力の国家主権を、ホップスは重視した。ホップスの生きた英国の危機の時代に、いかにホップス政治思想が形成されたかを、少ない史料によって田中氏は肉迫していく。
             王権神授の「国王大権論」と、税金などの君主の権力を制限しょうとする議会の「制限・混合王制論」の争いのなかで、ホッブス第三の道として、人民の社会契約による「主権」によって、生命の安全と平和の「コモンウェルス」を作り出そうと主張した。
             近代国家の「主権」絶対主義は、ホップスを絶対君主や独裁者の擁護者とみるか、人民主権の民主主義国家の創設者かという両義性をもち、現代まで毀誉褒貶が激しい思想家にもなってきた。田中氏は、人民主権の共通権力という民主主義の思想家の面を強調してかいているように思える。確かに近代国家の「主権者には強い力を与えよ」というホップスの主権論は、チャールズ国王にも、クロムウエルのどちらにも解釈できる。
             後世でもロックやルソーの社会契約の人民主権にも、ヒットラー独裁のカール・シュミット全体主義国家論にも、使おうとすればホップス理論は使える。田中氏の本で学んだことは、ホップス思想には「国家の宗教からの解放」が同時にあったことだ。だから無神論者としてカトリック始めキリスト教から批判されている。神や教会と人間の国家が対立するとき、どう考えるかをホップス思想は提示している。イスラム社会にホップスは、どう受け止められるだろうかと思った。
            近代の社会契約論や、人民主権の議会主義、人権尊重の福祉や、平和国家の原型がいかに生まれたかが、このホップス伝においてよく理解できる。同時に、近代国家主権の絶対性の超克が、今後ホップス思想の乗り越えとして、いかに構築されるかも興味深い。(岩波新書