ヴォリンガー『ゴシック美術論』

ウィルヘルム・ヴォリンガー『ゴシック美術論』

           ドイツの美術史・ヴォリンガー(1881−1965年)が,中世ゴシック美術を論じた古典的芸術論である。ヴォリンガーは、芸術を人間が外界と調和的・幸福な有機的自然に自己を移しいれる「感情移入」と、外界の空間や自然に恐怖や不安に事故を放棄し、超越していく幾何学的構築で崇高美を求める「抽象衝動」に分けた。
           感情移入がギリシャからルネッサンスにいたる南方ヨーロッパが主流であり、抽象衝動は、組紐模様の装飾形式から大聖堂にいたる北方ヨーロッパ芸術とみている。ヴォリンガーは人間心理学から、原始人、古典人、東方人の芸術様式を分けて分析している。ここに形式意志がそれぞれ働いているが、ヴォリンガーの意図は、ギリシア・ローマ美術からの古典主義にたいするゲルマンの北方芸術を復権させようとしている。
           ゴシック建築の石という材料棄却、幾何学脱却を、北方的線の無窮の旋律から解き明かしている。左右対称より反復を、水平線よりひたすら上昇していく垂直線の重視、ケルトの動物装飾、組紐模様から、ホルバイン、デューラーグリューネヴァルトの絵画まで辿る。
           だがこの本の中核は、ゴシック建築の大聖堂にある。中世の崇高な病的興奮という線の分析と、石の構築自体の聖堂の分析は面白い。ギリシア・ローマ建築思想からいかにゴジックが解放されたかが、北方的宗教心とスコラ哲学との類似で、その崇高な超越性思想で説明されていく。
ゴシック教会堂では、神秘主義とスコラ主義が不可分に結合していたという、理性的哲学と神秘主義のゴシックにおける拮抗も重要だが、南方ルネッサンスが「人格」意識による自己主張、自己肯定・独立にたいし、北方ゴシックは「個人」の神秘思想の自己否定、超越と同化する個人というヴォリンガーのイデオロギーが強く出てくる。
           石岡良治氏の解説で、ケルン大聖堂賛美などにゲルマン人の血液などが強く出て、人種主義だという批判があったと述べられている。反ユダヤ主義について、ユダヤ人思想家ジンメルに私淑し、ヴォリンガーはナチズムはうけいれなかったともいう。1911年発刊されているからナチス以前だ。「非有機的生命」としてのゴシックの「線」は、現代でもドゥルーズ=ガタリの『千のプラトー』などで再評価されてきている。(文春学芸ライブラリー、中野勇訳)