T・ヤンソン『誠実な詐欺師』

T・ヤンソン『誠実な詐欺師』

     フィンランドの作家・画家ヤンソンは、不思議な作家だ。児童文学で「ムーミン」という子供時代を描いたと思ったら、ポスト・ムーミンでは老人の生態を数多く小説で描く。この小説も初老の裕福な一人暮らしの女性芸術家が、主人公である。
     冬の過酷な雪の世界で、村共同体から孤立した孤児でよそ者の姉弟と、女性芸術家が繰り広げる奇妙な共同生活で、いかに三人葛藤しながら、エゴの絡み合いで変化していくかが、この小説の主題である。
     25歳の姉は10歳年下の弟を愛していて、一匹の野犬を従え、村人から魔女といわれながら、計数にたけた理知を使い、いかに裕福で子供時代を持続する無垢で信用しやすい「ウサギ」のような女性芸術家に、「誠実な」資本主義的な契約による詐術で、弟に財産を奪い取ろうとする。弟も子供時代の無垢なモーターボート作成に執着する「おたく」なのだ。
     人間をいかに「信用」するのかというテーマが縦軸になっている。姉は近代資本主義的な心性の持ち主であるが、初老女性芸術家と弟は無垢な子供性を持っている。だが、姉には犬に隠喩化されたオオカミ的野生がある。姉に服従していた犬が、芸術家の示唆で、次第に姉に反発し、野生のオオカミに帰って行く姿がすごい。
     孤独な老齢化する夫人を取り込んでいく姉の「誠実な詐欺師」の手腕は、日本の高齢化社会にいま問題になっている詐欺を、どうしても思い浮かべてしまう。
     姉が理知的で「誠実」であることが、なおすごみを増す、だが、この本の面白さは、ウサギのような初老夫人が、次第に逆転して姉を追いつめていく葛藤にあると思った。芸術家と資本主義的市民の葛藤とも読める。
北欧の雪の世界が見事に舞台装置として、背景にある。読んでいると寒くなってくる。ムーミンの明るく希望の春、夏の世界とは対照的である。村共同体の人間関係も見事に描かれている。冨原真弓氏の新訳は見事だと思う。(ちくま文庫、冨原真弓訳)