V・ムラデノフ『海洋生物学』

 V・ムラデノフ『海洋生物学』

     海の生態学の全貌がわかる本である。海洋という環境の説明から始まって、海洋の第一次生産者であるシアノバクテリアや、珪藻、カイアジ類など植物、動物プランクトンから論じられている。
     そこから沿岸域のケルプの森の生物群集、ウニ、アオウミガメ、底生魚などの生態が説明される。ムラデノフ氏の特徴は生態と同時に、エルニーニョの南方移動や富栄養化による沿岸のデットゾーン、生物的外来種侵略の船のバラスト水問題、プラスチックごみなど生態を壊す状況も詳しく書いていることだ、太平洋ゴミベルトでの調査では、1平方キロで平均33万4271個のプラスチック破片が回収されたという。
     北極と南極の海洋生物学も面白い。ナンキョクオキアミが食物連鎖の中心になっており、コオリイカヒゲクジラ、オットセイ、ペンギン、アホウドリ生存の元である。捕鯨問題も論じられているが、オゾン層破壊が、植物プランクトン光合成に影響を与え、6−12%減少させているという。
     熱帯の海洋生物では、サンゴ礁が詳細に述べられている。サンゴ礁の重要性としてムラデノフ氏は海洋生物の四分の一が生息し、200万種の動植物が住むという。これだけ、サンゴ礁の生物学・生態学を描いているのは、ムラデノフ氏に人類によサンゴ破壊が急速に進んでいる危機感があるのだと思う。グレートバリアリーブが、陸地から流出する化学肥料やサトウキビの除草剤で死滅しつつあるかが述べられている。温暖化による「白化現象」も深刻である。
     深海の生物学も面白い。死んだクジラを食物にする「鯨骨生物群集」やチョウチンアンコウの特異な受精など深海魚の生態が書かれている。だがここでも最近盛んな深海漁業のトロール底引き網漁法が、いかに深海を荒廃させているかも指摘されている。熱水噴出孔で硫化水素を分解し生きる生物の生態も重要である。
     潮間帯フジツボやイガイの生態も詳しく書かれている。ムラデノフ氏は将来世界人口90億人の時代に、乱開発された海洋生態系に「海洋保護区」を多く作ることを提案している。重要な提案だと思う。(丸善出版、サイエンス・パレット、窪川かおる訳)