『青木昌彦の経済学入門』

青木昌彦の経済学入門』

  スタンフォード大名誉教授で、制度論から経済学を構築してきた青木昌彦氏が、制度経済学の本質論だけでなく、現状分析や政策分析まで述べている面白い本である。制度経済学は、ゲーム理論をもとに、政治、法律、社会慣習、歴史、さらに認知科学まで踏み込んだ数学的にも精緻な体系からなっている。青木氏はこの本では、数式を使わずに書いているから読みやすい。
  青木氏の考え方は、人間社会はすべてゲームとして類推でき、自然現象における原子の動きと違って、人間は「相手は自分の行動に対してどう反応するか」を予想しながら行動するという。
制度とは「社会的ゲームにおいて回帰的に生じ、またこれからも生じるであろうとお互いに期待(予想)されているような、プレーの状態の際立ったパターン」と定義している。「回帰的プレー」と「相互期待」による「均衡」が制度だが、それは市場経済や政治制度だけでなく、握手、お辞儀、両頬へのキスなどの交換も、儀礼的なゲームにおける制度的ルールとなる。
  こうしたゲームの均衡としての制度分析を、青木氏はこの本で行っている。また制度変化という動態的視点も導入して、日本の「移りゆく30年」を分析している。例えば、何故日本ではシリコンバレーが生まれなかったのかは、企業の終身雇用制度で転職が狭められ、守秘義務で他者に情報が共有されない大企業や中小企業の閉じた状態から説明されている。
   私が興味深かったのは、比較制度分析の部分だった。日本、中国、韓国の近世から現代の共通性と差異性の制度比較は、東アジア経済圏が共通の小農経済から離陸し、農業人口が減少し、高度経済期を通って高齢化・少子化で生産人口率が減るまで歴史学を踏まえ行われている。 東アジア諸国は、ポスト人口動態変化を先取りしているという視点がある。近世の清帝国や江戸時代から、辛亥革命明治維新を通って、GDP経済大国になる日中両国の経済制度の比較は読み甲斐がある。
  青木氏が挙げている日中の現在の経済問題はこうだ。日本は終身雇用制度の相対化、社会保障制度維持のため消費税率引き上げ、移民自由化、企業経営における女性・若年層の大胆な登用による生産人口率減少の制度変革である。
他方中国は1990年代から2億人が農村から都市に移住した状況を踏まえ、環境破壊やエネルギーの非効率問題、都市農村間の所得格差、ユニバーサルな公共サービスの欠如、地方政府の財政問題を挙げている。青木氏はこの解決に、東アジアの国際間の戦略的代替と補完を提唱している。(ちくま新書