葛兆光『中国再考』

葛兆光『中国再考』

  2014年3月5日中国・第12期全国人民代表大会が開かれた。経済成長率目標は7・5%を維持し、国防予算は12・2%も増加した。「朝日新聞」は同日付「時々刻々」で「中国、膨らむ大国意識」という見出しをつけた。中国台頭とともに「国学や伝統文化」が盛んに提唱されている。歴史学者・葛兆光氏は、狭隘な民族主義国家主義に批判的であり、歴史研究では「国家の境界線」への固執を超克すべきと考えている。
  葛氏は、歴史的に見て中国について「変化する中国」という視点を重視する。現代中国の領域から遡って、領域を考えるのは誤りであり、長い歴史の中で拡大、縮小、分裂を繰り返してきたと見る。西欧史でいう「伝統帝国」と「近代民族国家」の歴史には適合しない。
   中国は、伝統帝国から民族国家に移行したのではなく、中国は無辺の「帝国」意識のなかに、有限の「国家」観念を有し、有限の「国家」認識のなかに無辺の「帝国」イメージを留めている。葛氏は、10世紀の宋時代に国境を定め、「漢民族国家」意識が出来、「天下」と「華夷」ではなく(「朝貢」や「冊封」でなく)、対等な異民族国家との国際関係(金など)が生じたという。だがその後の時代の元帝国や清帝国征服王朝で、多民族の「帝国」になったため、民族国家観念は「天下・帝国」理念に包括されてしまったと葛氏は考える。
  とくに大清帝国が満、漢、蒙、回、苗の各民族を統合する大帝国を建設したことによって、現代中国がその伝統的理念を継承し、「五族共和」の国体をうけついたため、歴史的領域と現代国境が複雑な議論になっているという。
  さらに中国の多民族性と中国文化の複数性を葛氏は重視している。中国文化の特徴として、①漢字文化②家族重視の「修斉治平」の儒家的思想③儒、仏、道の「三教合一」による絶対権威の不在④宇宙解釈の陰陽五行説⑤天は丸く、地は方形という古代からの「天円地方」の天下観を挙げている。
   中国文化は周辺の異民族文化により、複数文化になり、融合と重層が進んだ。宋代、元代、清代の雑種文化と、近代の西欧文化の衝撃でさらに伝統文化は変容したといい、その変化を詳しく述べている。現代中国は文化の複数性を認識し、「国学」や「伝統文化復興」は再考すべきというのが、葛氏の主張である。
   最後に葛氏は「全世界性」と「中国性」、「普遍的価値」と「中国的色彩」を協調させる必要を説く。これが失敗すると、「天下」観念が激化し、「朝貢」イメージを本当だと思い込み、「天朝」の記憶が発掘され、民族主義的感情が強まり「文明の衝突」が誘発されると警告している。(岩波現代文庫、辻康吾監修、永田小絵訳)