ファーガソン『劣化国家』

ニーアル・ファーガソン『劣化国家』

 なぜ西洋は衰退したのかを、ハーバート大・ファーガソン歴史学教授が分析している。教授は、民主主義、資本主義、法の支配、市民社会の4つに絞って制度的衰退を論じている。私はファーガソンの本を読んで、英国のバークやバジョット、フランスのトックビルなどの「リベラル・保守主義」の伝統精神を感じた。また西欧近代の初心に帰るという「近代再帰主義」も感じた。
 ファーガソン氏の特徴は、デレバレッジ(財政債務の圧縮)や財政政策(刺激策か緊縮策か)などの狭い経済的視点や、国際統合、情報通信など科学技術楽観論を避け、制度史を深く掘り下げることが、西洋衰退論を乗り越えるため必要と考えることにある。
 西洋が成功してきた制度が、今や深刻な危機を迎えている。西洋民主主義は代議制選挙のため、選挙民の利益のため、巨大な政府債務を抱え込んだ。公的債務の仕組みのおかげで、現世代の有権者が、投票権を持たない若者やまだ生まれない人間の金を使って生きていける。現在の財政政策が世代間の莫大な移転という「一般意思」に対して、「世代間の社会契約」という協同事業としての民主主義をどうするかが問題になるという。
 資本主義の金融危機は、複雑すぎる規制が逆に危機を産み出すとし、誰が監督機関を監督するのかを問うている。ファーガソン教授はバジョットの「ロンバート街」の著書でいうことがいま必要という。第一は、中央銀行は危機時に懲罰金利で無制限に流動性を供給し、中央銀行は多額の銀行支払準備金を保有するうえ、悪徳銀行家を投獄することまで論じている。さらに民主主義と資本主義の運営にかかせなかった「法の支配」が、いまや「法律家の支配」になりさがったと指摘している。アメリ連邦議会に弁護士が占める割合は、不釣り合いなほど多い。
 さらに西欧の発展の基盤であった市民社会が変質し、トックビルが称揚したクラブや自発的な多様な市民団体や組合活動というソーシャルキャピタルの参加が衰退している。地域奉仕やボランティア活動、慈善団体などが衰弱してきたとファーガソン氏は指摘している。1%の富裕層が所得の大部分を獲得している極端な階級分断の「格差社会」が、西欧を「劣化国家」にしているのである。(東洋経済新報社、櫻井祐子訳)