フランクル『死と愛』

フランクル『死と愛』
 実存精神分析学者・フランクルのこの本は、アウシュビィツ強制収容所で死んだティリー夫人に捧げられている。フランクルは生きて生還し、この本を書いた。いかに苦難を乗り越え生き残っていったかが、実存的精神分析の思想で書かれていて、生きる勇気を与えてくれる。フランクル心理療法や、フロイト精神分析の手法を避け、人間の精神的価値を求める生き方に力点を置いている。人間存在の意識性と責任性を基盤として、自由な意志の力で「生きる意味」を作り出していくことを重視している。
 フランクルは、「存在の意味」の創造によって、運命による精神的危機を乗り越えることを勧める。ニーチェの運命愛のように、「業績」や「使命」を価値として作り出し、体験し、日々の生活の態度価値を実践していくのである。フランクルは「責任性」を重んじ、人間の実存の一回性と独自性の責任に言及し、死という有限性のなかで「意味」を追及していく。苦悩や悔恨にも意味があり、「われわれが愛し、失った一人の人間を悲しむことは、彼をなんらかの形で、生き続けさせるのである。」悲哀は過ぎ去ったものを、なんらかの形で存続させる意味を持つ。
 「愛の意味」では、「愛する人間の身体的存在は死によって無に帰しても、その本質は死によってなくなるものではないのであり、それは無時間的な、移ろわないものなのである」と書き、愛は死より強いとしている。愛は自己自身が死ぬまで続く。フランクルは「幸福」とは、自ら自身を充足することにあり、「業績」という性格をもった目的指向の能動的活動だと指摘している。不安神経症には不安にたいして「距離をもつ」ことが必要で、そのもっとも適当な処方は「ユーモア」だというのは面白い。さらに鬱病統合失調症フランクルの処方も「意味」を取り返す視点で書かれていて、重要な生き方を示している。ポストモダン思想では「意味の死」や「無意味さ」を主張していたが、ニーチェのいう「能動的ニヒリズム」でも持たない限り、果たして人生はそれで生きていけるだろうか。(みすず書房、霜山徳爾訳)