ピーター・バラカン『ラジオのこちら側で』

ピーター・バラカン『ラジオのこちら側で』
 若者離れや広告費下落でラジオが苦境に立たされている。一斉デジタル化は1200億円という巨費がかかるため実現できず、AM局のFM化で当面はしのぐ方向だという。ラジオ人間であり、音楽のDJとして30年を超える英国出身のバラカン氏のこの本は、ラジオと音楽番組についての体験から出た深い考察に満ちている。私はNHKーFM朝の番組バラカン氏の「ウィークエンド・サンシャイン」を時たま聴いている。西アフリカ(マリやセネガルなど)からキューバなどカリブの音楽からアメリカやイギリスのブルーズ、ジャズ、ロック、ボブ・ディランのカヴァー曲特集など「ワールドミュージック」を知ると共に、「ラジオの情熱」を感じる。古今東西にわたる大量な曲から、バラカン氏が、自分の好みで、図書館の司書やワインのソムリエのように「こんないい曲があるよ」と彼のLPやCDから取り出してかけてくれる雰囲気も好きである。
 この本は、バラカン氏が1974年ロンドン大学で日本語を専攻した若者として、東京の音楽出版社に就職し、20枚のレコードの入ったスーツケース一つで来たところから始まる。バラカン氏の自分史として面白いが、同時に1970年代から2012年にわたるポップ音楽史でもあり、ラジオ史でもあって貴重な史料としても読める。もちろんDJとは何かの探究でもある。ラジオ史でも21世紀に入ってからのインターネットラジオコミュニティFM、衛星放送ラジオ、デジタルラジオ、「ラジコ」やYouTubeなどメディアの変貌は目まぐるしい。バラカン氏は、そのいくつかをDJとして経験していて、良い音楽をいかに電波に乗せるかの苦闘も書かれている。インターFM開局の1996年音楽番組を担当したバラカン氏が、2012年に「執行委員」に就任したのにも驚いた。
 この本には、1970年代から2012年の10年ごとにバラカン氏が選んだ名曲のリストと紹介がされていて、さらに「時代を動かしたプロテスタント・ソング50曲」が掲載されている。知らない曲も多く聴きたくなった。バラカン氏は、9・11ニューヨークテロの時、飛行機の話がある曲158も放送禁止曲としたが、それをかけたり、イラク戦争の時には反戦歌を特集するなど「反骨のDJ」であることも好感をもって読んだ。(岩波新書)