ガスケ『セザンヌ』

ガスケ『セザンヌ


 セザンヌ肖像画に、ガスケ父子のそれぞれの絵がある。この本はガスケが晩年のセザンヌと親交が深かったため、故郷プロバンスでの出会いから死までを、言行録も含め描いていて興味深い。ガスケ的偏向性はあるだろうが、セザンヌの一面が生き生きと描かれている。セザンヌは一生をパリと故郷エックスプロバンスを行き来した。パリでは孤独と官展落選の繰り返しという挫折を味わい、故郷では狭い地域社会で奇矯な変人として疎外され、受難の一生というのが、その天才とともにガスケが描いたセザンウ像である。青春からの伝記としても読めるが、やはり老後を描いた部分に迫力がある。
 私は第二部の「彼が私に語ったこと」が面白かった。「自然は、表面より深み(奥行き)において、眞である。」「色彩は世界の生命だ。素描のほうは抽象なものにつきる。」
「岩の頑固な色調、山の合理的な強情、空気の流動性、太陽の熱が自分にほしいのだ」
サント・ヴィクトワール山の風景画を思い浮かべながら読むと、絵が動き出すようだ。セザンヌは地学が必要といい、土壌の地質学的な色彩まで考え、どう山が根を張っているかまで表現しようとする。
 「地上の幸福の理想は、美しい定式をもつこと」というセザンヌとガスケがルーブル美術館に行き、ドラクロワやクルーベ、アングル、ヴェネツィア派、など批評や賛美をしながら廻り、最後に熱狂したセザンヌが守衛に追い出される一章は小説のようで楽しい。
 「私は画布を五十センチほど埋めていくために、自分を蝕み、死ぬ思いをする。まあ、どうだっていい。これが人生だ。私は絵を描きながら死にたいんだ」とガスケに語っていたセザンヌは、山を描いていて豪雨にあい、ずぶ濡れになり翌日死んだ。訳者・與謝野文子氏が解説で「風土と資質とのかかわり、プロバンスの文芸復興期の背景でセザンヌを見直す」ことが理解の奥行きを増すというのに同感である。(岩波文庫與謝野文子訳)