ハワード『僕はカンディンスキー』

アナベル・ハワード『僕はカンディンスキー

       20世紀美術には、象絵画の出現がある。モスクワ生まれのカンディンスキーは世界戦争、ロシア革命,ナチ時代生き抜き、放浪しロシア、ドイツ、フタンスの多国籍者だった。ナチ時代、「退廃芸術」とか「ボルシェキ左派芸術」として焼却処分を受ける。1944年に死去している。
      死の直前に描いた「孤立」や「気まぐれな形態」が好きだ。5歳の時母が家出し、バルト・ドイツ人の祖母や叔母に育てられ、ドイツの伝統的童話に傾倒したという。カンディンスキーの若き時、童話的幻想と、モスクワの執着とロシアの夢の幻想画が書かれている。大学の法学部教授と、品位ときちんとした服装なカンディンスキーが、共感覚による精神的内面の神秘主義的な抽象絵画に向かうのも面白い。
        写実的『対象』を描く画から自由になり、科学や論理の世界から離れ、形態の偶然性、色彩の鮮度、線の簡潔さにむかうという。ハワード氏は、19世紀の物質主義に反発し、「芸術における精神的なもの」という「内的必然性」に向かうとのべている。明確な概念を超越し、自然を題材にせず、色彩や形態により、自然の内容を表現する。
        シュタイナーの神智学に呼応した「黙示録の4人の騎士」も凄い絵だ。世界戦争でロシアを終われ親しい友人の画家マルク、マッケは戦死する。外界への恐怖は童話的で象徴的な「モスクワ・赤の広場」に現れている。
ドイツに移住したカンディンスキーは、幾何学的な図形重視の「構成主義」者から批判され、機能主義のバウハウスの講師になる。パウル・クレーとの友情がうまれる。円形を愛し「いくつかの円」という絵画を描く。クレーとの共通性と異質性を考えるのも面白い。
       カンディンスキー抽象絵画は、感性の産物であり知性の計算から生まれたものではない。そこには躍動がある。精神的体験と変貌が描かれている。
       マルセル・ブリヨンは大著『抽象芸術』(紀伊国屋書店滝口修造大岡信東野芳明訳)で、ロシアのイコン(聖画像)の伝統に結びつけ、象徴的価値、暗示性、寓意性があると述べている。対象を持たない精神的躍動が、抽象絵画を産み出したのかもしれない。(パイインターナショナル発売、岩崎亜矢監訳、池田千波訳)