大久保純一『カラー版北斎』 

大久保純一『カラー版 北斎
 浮世絵で北斎は「彫り」広重は「摺り」と言われてきた、北斎は卓越したデッサンと動的な描線により造型的であり、広重は絢爛たる色あわせを重んじる色彩重視という。大久保氏はこの本のなかで両者の名所絵や花鳥画を比較し、リアリティ志向の強弱をあげている。北斎はリアリトティより個性的で幾何学的造型を、広重は写真的な親しみを持てる日常空間を描き、江戸末期の大衆社会では広重に人気が集まったと指摘している。
 北斎は90歳で死ぬまで初期役者絵から美人画、読本挿絵、北斎漫画、風景画、花鳥画、肉筆画まで多彩・多様な絵を描き、93回も引越しをするなど動的人生であった。幕末の激動期に相応しい流動的な絵描きである。
 北斎の多様性は、浮世絵勝川派に入門し、さらに俵屋宗達派にも属し、さらに中国清代の中国画風に西欧の洋風風景画まで取り入れた和漢欧の三重の総合であった。私は常々印象派ジャポニズムというが、すでに浮世絵には西欧の遠近法やベルリン・ブルーなど西欧が入っているから、双方向性を持っていたと思っていた。大久保氏もこの本で、北斎に定規とコンパスによる幾何学的画風(セザンヌのような)、銅版画の線描、ベルリン・ブルーの水の描き方、油絵など洋画の手法を指摘している。これがなければ『富獄三十六景』の傑作は生まれなかった。
 最近『北斎漫画』が注目されているが、これはいまのマンガとは違い、絵をいかに描くかのお手本で、ここに北斎の絵画の描法が集約されていて面白い。私は、北斎はイラスト的だといつも思う。例えば蜘蛛の網の張った先に見える富士山や、植物の根のように流れる瀧の絵などは、その発想や描法は反リアリズムだからだ。この本は北斎の絵69点を読み解いており、カラー版なので楽しい。(岩波新書