山口晃『ヘンな日本美術史』

山口晃『ヘンな日本美術史』

  西欧絵画の正統である遠近法・透視図法的写実とは違う前近代の日本のヘンな絵画を、巧妙な仕掛け絵画を描いている画家・山口晃氏が拾い上げて論じているから、この本は面白い。日本文化論としても読める。
  山口氏は雪舟の絵を論じ、日本の絵は平面的というが、平面でなく「奥行き」を志向してきたと歌舞伎や能の舞台の奥行き重視と比較している。「慧可断臂図」を論じ、洞窟の岩肌のうねりの立体と、ダルマ法師の平面が同居し、さらに横顔なのに目は正面から描かれ、耳は後ろから描く「ギヨウザ耳」というピカソ的な二重の絵が一つの絵画に混合しているという。
  山口氏は写実的絵の嘘を見抜いていて、どんな写実でも絵画は三次元を二次元のなかに見えるように表現しているのだから、見る人の目に真実に映るように描くことが大事だという。「天橋立図」も、別々に描いた絵を張り合わせるいい加減さの自由を見る。中国山水画からは邪道だが、ヘンな絵の魅力がある。
数多くある「洛中洛外図」屏風は、単なる地図でなく、空からの鳥瞰図でもなく、グーグルマップのようにその空間の中に入り込んだように、様々な縮尺の集合体を、その境目を雲で上手くつなげていく。人物は雛人形のような類型化である。
  「彦根屏風」の人物は背骨がないようなねじれたマニエリスムのような描き方であり、浄瑠璃人形のように、頭、手足はあるが、その間は衣服があるのみで胴体がないから手先、足先の位置と向きだけで人体らしさを表現しているのが面白い。岩佐又兵衛の人物はみな下膨れ顔だが、山口氏は藤子不二雄の漫画のようなキャラクター創造による「実」表現を見ている。
  「鳥獣戯画」の人と鳥獣の混合や、白描画のような、字が擬人化され、人が擬デザイン化される絵と文字の形態が同じになるヘンさも山口氏は注目している。「紙」の白さまでも「空間」になる。「一遍聖絵」では絹に描く「絹本」だが、絹の物質性を活かした白が光る。
  山口氏は明治以後の日本近代美術が、西欧写実の透視画法を取り入れたため、いかに豊かな日本美術が失われたかを論じ、西洋画傾倒をしなかった河鍋暁斎月岡芳年、河村清雄を評価しているのが面白かった。(祥伝社