S・ガザニガ『<わたし>はどこにあるのか』

S・・ガザニガ『<わたし>はどこにあるのか』

   認知神経科学者の脳科学講義である。ガザニカ氏は、脳の右半球と左半球の働きの違いについて多くの発見をしてきた。この本は脳の最先端の研究と脳決定論に対し、自由意志や社会的責任・倫理の在り方にまで立ち入って論じている。そこが面白い。
  ガザニガ氏は、脳は超高性能の並列分散処理システムだという。300グラムの組織全体にネットワークが張り巡らされ、専門化されて機能が局在する。だから右脳半球と左脳半球では役割が違う。脳にはボスはいないし、中央制御の総責任者は存在しないのである。右半球は因果関係知覚の場であり、左半球は、インタープリターという解釈者・意味づけの場である。
  だが脳は責任者がいるようでいない無数のシステムの集合体でもある。配線された無数の専用回路が分散していて、並列処理して状況によりよい決定をしている。ガザニカ氏の本を読んでいると、脳が主体であり、「意識」や「自由意志」は後から遅れてやってくることになる。だが脳は、意思決定装置でもある。この矛盾をガザニカ氏は解こうとしている。
  ガザニカ氏が面白いのは、自己制御を脳の「創発特性」として考えていることだ。さらにソーシャルマインドを重視し、責任や自由を、多くの脳の集団相互作用から解こうとしていることである。相互作用する脳と脳のあいだの空間に、責任や自由意思が創発するというのだ。
  私が面白かったのは、ガザニカ氏が法廷での「うそ発見器」や「脳スキャン画像」を、現時点では裁判の証拠にすることに否定的だったことである。脳決定論を批判しているのである。法廷に持ち込んだ脳スキャン画像で、意図を活動につなげる経路に損傷があったとしても、本人が正常か異常かはどちらにも展開可能だという。(紀伊国屋書店、藤井留美訳)