オリヴァー・サックス『音楽嗜好症』

オリヴァー・サックス『音楽嗜好症』

サックス氏は脳神経医で、映画にもなった「レナードの朝」の作者でもある。この本では、音楽を脳神経という生理学的視点から見ている。音楽とは何かとともに、人間の脳の不思議さを、脳科学で少しだけ解明しようとしている。
   「レナードの朝」の作者だけあって、脳神経に障害を負った人々が多くでてくる。
確かに症状は脳器官の障害者で様々な病名がつけられているが、人間の本質を見せてくれる。落雷で音楽に取りつかれ演奏や作曲にのめり込む医師、音楽を聴くと癲癇が起こる人、音楽幻聴で苦しむ人が描写されている。脳科学の発達でMRI画像などにより、大脳皮質、小脳、脳幹神経核の異常が診断がされていく。
   サックス氏の本で面白いのは、音楽的才能を脳神経から解明するところだ。絶対音感、音が色彩になる「共感覚」現象、自閉症などに天才的突出した才能をもつ「サヴァン症候群」が、2000曲もオペラやカンタータを記憶している例もでてくる。盲目と音楽的才能の関係も注目される。逆に音痴や、メロディやハーモニーも認知できなくなる「失音楽症」も描かれている、右脳・左脳半球からの説明も明快である。
   記憶喪失や失語症、片腕のピアニストの幻の指感覚、パーキンソン病と運動メロディの音楽療法認知症音楽療法など、音楽によっての療法が詳しく書かれているのも興味深い。ダンスやドラムそしてリズム・音楽が、認知症になっても、その感性に忘却されずに残っているとサックス氏はいう。意味記憶よりも、音楽の方が脳の基底に存在しているのだ。
   「リズムによって私たちは、肉体があるという感覚、そして動きと生命の原始的な感覚を取り戻す」とサックス氏は指摘している。大脳皮質だけでなく、音楽の感情反応は、皮質下にも広がっているので、アルツハイマー病でも音楽を楽しめる。脳と音楽の関係は、まだ不明な点が多くあるが、この本を読むと、脳と音楽の不思議さを感じる。(早川書房ハヤカワ文庫・太田直子訳)