ピーター・ゲイルほか『放射線と冷静に向き合いたいみなさんへ』

R・ピーター・ゲイル&エリック・ラックス『放射線と冷静に向き合いたいみなさんへ』

 チェルノブイリ東海村、福島など原発事故で被ばく者救護に当たったアメリカ人医師で,骨髄移植と白血病の権威であるゲイル氏が書いた放射線に関する啓蒙書である。「冷静に」とあるように、見えない放射線の恐怖に感情的に反応するのではなく、放射線の利益とリスクを現在の医学研究のなかで捉えようとしている。被ばく者からは「甘い」とみえるような記述もあるが(ゲイル医師はこれまで明らかにされた被ばく線量の推定値からは、福島事故では、大人、子どもの甲状腺がんの増加は少ないという立場)放射線の知識と、どのくらい浴びたら危険かを医師の立場から論じている。
 核時代の今、私たちはいかに放射線に曝されているかがゲイル氏の本でわかる。太陽(宇宙)や地球が持つ自然放射線は別としても、人工放射線は携帯電話や電子レンジから、照射食品、旅客機搭乗時のスクリーニング、さらに医療(X線検査、乳がんマンモグラフィー、CT検査、がん放射線治療など)、原発、火力発電、たばこ喫煙(ポロニウム210が発生し肺がんの可能性)まで、その上、核兵器と実験、原子力潜水艦まである。ゲイル氏は様々な放射線が、いかに遺伝子を傷つけ、がん発症の引き金になるかを、くわしく解明している。低線量なら神経質になる必要はないとし、携帯や電子レンジ、スクリーニンや照射食品は問題ないとしている。医療放射線は両義性があり、医師との相談が必要という。
 広島・長崎の被ばく者や、チェルノブイリ東海村、福島の原発事故の被ばくにも多くページを割いている。また放射性廃棄物原発にも多く触れている。ゲイル氏は被ばくは、遺伝しないという考え方のようである。また原発事故の被ばくにも過敏な危険論者でもないようだ。このあたりは意見がわかれるだろう。例えば放射性物質を海に捨てることに関して、セシウム137は海水で薄められるし、カリウムと似ているので海に大量にあるカリウムと競わなければならず、魚類に及ぼす可能性は低いという記述は、反対論もあるかと思える。ストロンチウムなど他の放射線はどうなのだろう。
 だが、放射線の知識が少ない私には、放射線と人体の関係の現在の問題がよくわかり、とても為になった本だった。(早川書房、朝長万左男監修・松井信彦訳)