若桑みどり『イメージを読む』

若桑みどり『イメージを読む』

 20年前に出た本だが、ルネスサンス期の絵画を「イメージ」から読もうとした名著である。若桑は非言語的表現を「イメージ」として読み込もうとしている。4人の芸術家ミケランジェロ、ダ・ビンチ、デューラー、ジョルジョーネの作品を、様式論、図像学、図像解釈学の深い学識から分析しながら、若桑解釈を打ち出している。
   若桑は15世紀のルネサンス期の初期自然科学をもとに、近代科学では間違いとして消されてしまった法則を元に、絵画イメージを読もうとしている。天体や地球などの「大宇宙」と生命としての人体(小宇宙)の連関や、4元素説と4気質説、初期化学の錬金術などの自然・宇宙哲学から「イメージ」を解釈するから、これまでの、ギリシア神話解釈、キリスト教解釈、寓意的解釈とは異なる解釈が、産み出されてきて楽しい。
   自然現象の計り知れない激変、災害としてシスティーナ礼拝堂の「天地創造」は、「ノアの箱舟」でツナミのような大洪水を描いている。地球的、宇宙的な視点で大洪水と、それで滅びていく人間は、キリスト教を超えた視点があると、若桑は多層的に解釈している、ダ・ビンチの「モナ・リザ」は、地球の終末が、無性格的な4元素(火、土、水、空気)が、自ら動きまわり、激しく運動しながら、エントロピーに向かうことを、背景の風景から読みこむ。女性は人類(ミクロコスモス)であり、喪服を着て妊娠している、生と死を同時にはらむモナ・リザは、大地の女であり、身分や特定個人を明示せず、アクセサリーも身につけていない。
   デューラーの「メレンコリアー」は当時の医学の4気質論(憂鬱質、粘液質、胆汁質、多血質)をもとに、幾何学的世界観をイメージ化したと若桑は指摘する。謎の絵画といわれるジョルジョーネの「嵐・テンペスタ」は、雲や雷や空気という自然現象であり、母なる大地という女性像によって、宇宙の生産力を表現しているという。男性は錬金術によって、神に代わり、元素の組み合わせで文明を創造していくエネルギーを表すという。現代の原子力の予言だったのか。自然と現代錬金術福島原発事故をおこしたと思うと、ジョルジョーネの絵は、感慨深い。(筑摩書房ちくまプリマーブックス