クルーグマン『そして日本経済が世界の希望になる』

ポール・クルーグマン『そして日本経済が世界の希望になる』

2013年は「アベノミクス」による黒田日銀総裁の異次元金融緩和の成長戦略が実施され、円安、株高が出現した。2%のインフレ達成も公言された。だが、この結果がどうなるかは、14年以降の問題になる。クルーグマンプリンストン大教授は、90年代末から、デフレ脱却とインフレ目標政策を、日本経済分析により主張してきただけに、この本でアベノミクスを礼賛するのは当然である。
   21世紀に入りクルーグマンは、不況(デフレ)の経済学に力を入れ、ケインズ経済学者らしく「流動性の罠」からの脱出の処方箋として、インフレ率を高め、投資意欲や消費需要を刺激し、経済成長を行う方向を主張し始めた。クルーグマンによると、金利を低くすれば民間投資が増えるが、あまり低くなると、中央銀行がお金の供給を増やしても投資意欲を刺激しない。非伝統的経済政策として、インフレ期待を高め、実質金利をマイナスにすれば「流動性の罠」から脱却でき、さらに減税などの財政政策とゼロ金利など金融緩和を組み合わせれば、効果がでるというのだ。
  クルーグマン教授はインフレ率を、2%では低すぎ、4%が妥当だというのだから驚く。それも日銀が量的緩和を長期に続けることを宣言する必要があるともいう。それでもハイパーインフレの危険はないと断言している。さらにデフレ原因としての少子高齢化、構造問題、制度、ITの進展などは否定している。財政再建インフレ目標達成後でいいし、消費税増税は見送るべきだともいう。それなりに一貫した主張だが、もちろん経済学者の批判的意見も多い。
   私が危惧するのは、安倍政権が、全面的にクルーグマン教授の主張に依拠してしまったことだ。「インフレ期待」と金融緩和しか、日本経済にインセンティブがないのだろうか。私のような年金生活者にはインフレは好ましいことではない。人口減少社会で、若年労働力が減っていくとき、インフレはどのような影響を与えるのかは定かでない。
   量的緩和やインフレ率上昇はGDPを増やすかもしれないが、貧富などの社会の格差をさらに二極化していくことが考えられる。輸出産業と輸入産業にも格差が生じる。この点については、クルーグマン教授はこの本で十分に説明してはいない。山形浩生氏の解説はわかりやすかった。(PHP新書、大野和基訳)