金重明『物語 朝鮮王朝の滅亡』

金重明『物語 朝鮮王朝の滅亡』

在日二世の小説家が書いた朝鮮近代史である。金氏は民族のナショナリズム愛国心からではなく、虐げられた人々の視点から歴史を見ている。私は韓流ドラマ「トンイ」が好きだが、下層民トンイが宮廷の下働きから王に見染められ生んだ子が、18世紀の英祖である。この本は英祖とその子正祖という中興の名君が、朝鮮王朝の特徴である「党争」をいかに抑え、近代化を進めようとしたかから書き始められている。
日本・江戸時代でも鎖国儒教体制のもと、キリスト教蘭学などを異学として抑圧したが、朝鮮王朝でも似た状況があった。金氏は、 硬直化した朱子学に叛旗を翻した「実学」派と洗礼を受けた士大夫を重視している。イエズス会から西欧近代学を学び、すべての学問は民を豊かにするためにあるという実学を、正祖は重んじた。星湖学派のイイクや、チョンヤギョンを重用した。チョンヤギョンは民本主義や、「田を耕す者が土地を所有し、田を耕さない者の土地所有を認めない」改革を行おうとした。私はこれを読みながら、江戸時代の安藤昌益の思想に近いと思った。だが1800年正祖が急死(毒殺説もある)で挫折し、実学者とキリスト教は弾圧され、60年の空白に西洋と日本が朝鮮に襲いかかる。
 開国とともに、日清・日露戦争を経て韓国併合にいたる滅亡の歴史を、金氏は民衆の視点に立って、中立的に書いている。だからマッケンジー『朝鮮の悲劇』やイサベラ・バード『朝鮮旅行記』など西欧人の目も重んじている。また朝鮮近代の改革運動や独立運動に「実学」派の影響が強いことも指摘している。韓国併合にたいしてシンチェホの「朝鮮革命宣言」の全文が掲載され、また柳宗悦の「朝鮮の友に贈る書」も引用されていて興味深い。日本の学校の歴史教科書とともに、この本を併用することをお勧めする。(岩波新書)