柄谷行人『哲学の起源』

柄谷行人『哲学の起源』

 柄谷氏は前著「世界史の構造」で、世界史をマルクスのような「生産様式」ではなく、「交換様式」による発展として捉えた。遊動民社会の贈与・返礼の互酬制交換様式、略取・再分配の支配保護の交換様式、商品交換の貨幣交換様式、つまりネーションー国家―資本という社会である。その上で未来を世界共和国による高次の互酬制交換様式の社会への移行と考えた。この本は、遊動民社会の互酬制における哲学の起源を、古代ギリシャイオニア社会に求めている。
 柄谷氏によれば、イオニア社会は古代ギリシャからの植民者からなる独立自由農民による平等・無支配(イソノミア)社会だったという。アメリカの英国からの植民によって東海岸にできたタウンシップのような社会だという。その史実が正しいかは私にはわからないが、その社会に生まれたイオニア自然哲学を哲学の起源として描く。そこには、柄谷氏のアテネ至上主義(多数者支配のデモクラシー)や、プラトンアリストテレス(労働実践・自然哲学軽視・形而上学)の哲学を重視する考えを転倒させようという意図がある。プラトン批判とも読める。
 イオニア哲学はタレスアナクシマンドロスから始まる。それは宗教(呪術)批判であり、「自然」の自己運動から、世界の起源を解明しようとする。ピタゴラスの「数」やプラトンの「イデア」でなく、水や火や無限定なものなど「唯物論的」思想がある。それは原子論に行きつく。プラトンアリストテレスの「制作」や「目的論」を導入せず、「生成」(ヘラクレイトス)が重視される。
 この本が面白いのは、イオニア社会が没落し、アテネ帝国のとき現れたプラトン批判である。柄谷氏はイオニア哲学の挫折者・逸脱者のピタゴラスと、プラトンの類似を指摘し、その哲人王やイデアの基本はピタゴラスにあると指摘している。
 さらに柄谷氏はソクラテスこそが、イオニア哲学の継承者であり、プラトンはそれを利用しながら、形而上学=神学を作り出したという。民主制が多数支配のうえに僭主=独裁者を生みだすからくりから超越したソクラテスに対し、プラトンは哲人王という独裁者を対置していく。イオニア哲学にどのような社会哲学があつたかは文献が少なく明確ではないが、マルセル・モースの人類学的互酬社会に見合う哲学史的考察が、柄谷氏によってなされたと思う。(岩波書店