森由美『古伊万里』

森由美『古伊万里
    磁器・古伊万里が好きだ。その二重性。実用の食器としての道具性と、デザインの芸術性の二重性。中国・朝鮮の意匠や技術の導入と、国産文化としての二重性、それが西欧のマイセンやウェッジウッドの西欧磁器への影響。海外輸出品と国内需要(江戸期)の二重性。グローバリズムの先駆けである。
   古伊万里は、加藤周一がいう「雑種文化」の典型だと思う。また鶴見俊輔のいう「限界芸術」でもある。1970年代の「やきものブーム」以降、古窯の発掘も進み、初期伊万里、古九谷様式、柿右衛門様式などの歴史も明らかになりつつある。森氏は、そうした成果を踏まえつつ、古伊万里の歴史から、デザインとしての「染付」の楽しみまで描いていて力作である。
   この本には、多数の伊万里の磁器が、カラー写真入りで見ているだけでも楽しめる。茶道から大名家(鍋島焼)の将軍への献上品、そして江戸庶民の食器にいたる歴史も興味深い。懐石料理から始まり、和食の欠かせない道具として伊万里のある暮らしにまで、森氏は触れている。
   シャープで白色の磁器の「冷たさ」に、藍色の唐草文様の食器は、清涼感と透明な美を感じさせる。植物の蔦や渦の文様は、古代地中海から始まったというが、そこに日本独自の器前面に描くものや、白色の余白をとるなどの美学に発展する。私は大皿の模様もさることながら、蕎麦猪口の文様も好きだ。マグロやカツオの赤身の刺身を盛る、白に藍職の刺身皿は美しい。
   勿論、芸術性を重視し、西欧向け輸出品としての「色絵」の柿右衛門様式や金襴手といわれる鍋島焼(瓢箪3個を組み合わせた「色絵三瓢文皿」は巣晴らし)は、芸術作品だろう。森氏の本で、蕎麦猪口の文様に歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」の、黒羽二重に破れ傘の定九郎のデザインがあるのを知った。メディアミックスである。
   なお矢部良明監修『日本やきもの史』(美術出版社)にも、伊万里焼の歴史がコンパクトに纏められていると同時に、日本の陶磁器の古代から現代までの歴史がわかって、便利である。(角川文庫、ジャパノロジー・コレクション)