羽生善治『直感力』

羽生善治『直感力』
 将棋の羽生永世名人が書いた将棋論だが、人生の日常生活を生きていく上でのものの見方として、おおくのヒントがある。将棋では「読み」と「大局観」と「直感」の使いこなしが大事だが、この本では直感が語られている。羽生氏によれば、直感とは論理的思考が瞬時に行われるようなものだという。直感は先天的のものでなく、知識や経験をもとに、自分のなかに蓄積されたもので、それにより自分を客観的に見る大局観につながるし、見切られない自分を自覚し集中力を養う基盤にもなるという。いまや将棋も数多くのデータ情報がコンピュータで収集されているが、羽生氏はコンピュータ的情報とは異なる人間の一歩一歩の経験を大事にする経験論者であることに驚かされる。情報を積み重ねただけで成果がみえるような、性急な進化には批判的である。
 将棋で約80手の可能性を読み取ったら、瞬時に直感で数手に急所をを絞るのは、カメラで写真を散るときの全体の構図にピントを合わせるのに似ているという。直感を磨くには多様な価値観が必要であり、無理をしない「余白」がなければ直感は生まれない。リラックスした状態で集中してこそ直感は生まれる。完璧主義に陥らない。対局でも先のことはわからないから囚われない、執着しないことが大事だ。直感を育てるには自分一人ではなし得ず、相手のの力を生かし、自分の力に変えるという考え方は、私は柔道の極意との共通性を感じた。
 羽生氏はマラソンのラップを正確に刻むように、少しずつ積み重ねることによって、気がつけば着実に前進している健全さの必要さを説いている。道のりを振り返らず、自己否定しないことが、感情的にならず冷静に判断し選択することになる。忘れることも客観的になれるし、「キャンセル待ち」も可能性に賭けることに必要とも指摘している。組織的データを信用せず、個人が必死にもがいて身につけたものが、自分自身を信じる力になる。この本を読むと、羽生氏の強さは、天才的頭脳だけでなく、日々の修練と努力それの蓄積の経験という人間らしさから生じていることがわかる。それが、自分の中からわき上がってくる直感力なのだ。(PHP新書