中沢新一『大阪ア-スダイバー』

中沢新一『大阪アースダイバー』
 大阪という真性の都市の歴史・地誌の深層の精神分析だといっていい。考古学的古代から近代までの大阪の地層にまで潜り込み、大阪という都市を浮き彫りにしようとしている。中沢氏は、大阪には人間の「野生の文化」が都市の構造に繰り込まれているとし、京都の観念論的設計や、東京の権力思想が表現された都市とは異なると考える。南方や朝鮮半島からの「海民」が縄文の先住民と出会い、水から生まれた砂州の上に、商業都市を造る。原大阪は、河内湖から上町台地にいたる南北軸と、住吉ー四天王寺ー生駒にいたる東西軸からなるという。私は中沢氏の歴史観に、日本史学網野善彦歴史学を感じた。「海民」や「無縁」社会や、渡来民、被差別部落民、商業の考え方などにである。
 中沢氏は中心無き大阪を三つのエリアに分ける。一つは上町台地であり、この北端部に古代の王宮や大阪城など政治宗教の重要な施設が作られる。二つは、「ナニワ」と呼ばれてきた八十島をつないでできた島に、船場や島之内という商業地域という心臓部が出来る。三つは、「ミナミ」という地域で、巨大な墓地と荒野しかなかった沼地に、通天閣を中心に放射線状に広がった芸能などの夢の歓楽街新世界が作られていく。私は「ナニワ」と「ミナミ」の考察がやはり面白かった。「ナニワ」は形状不定の島々に海民出身の商人が、商品市場という「無縁」社会から、組合的有縁社会を「信用」という貨幣や商品を超越する価値で創造していったかを船場を中心に分析している。だがより面白かったのは、「ミナミ」である。ここには無産者のための広大な愛隣的空間と、無意味だが、社会を活性化させる「お笑い」のための拠点が設けられた。四天王寺から釜ヶ崎にわたる空間は、何回かの半島渡来人の空間も含み込む。大阪は権力(上町台地)富(ナニワ)とともに「無と死)(ミナミ)を含む全体都市になる。
 中沢氏のこの本を読むと、大阪に対する数々の発見があり、ハッとさせられる。ミナミは古代宗教が生き残る聖なる土地で、刑場から見世物へ、そしてお笑い王国へ、ここは世界のへりであり、古代からの一貫性があるという見方。松下幸之助船場道場とか、、岸和田だんじり祭りは、海民の海流に乗った捕鯨から生まれたとか、猪飼野のコリア世界の原住民は隼人説だとか、河内音頭や盆踊りは先住民夏至祭の伝統が息づいているとかだ。いま「大阪の空洞化」がいわれているが、この本が大阪の挽歌にならず、再生のヒントになればとも思う。(講談社