松岡正剛『山水思想』

松岡正剛『山水思想』


 雪舟長谷川等伯山水画を見ていると、湿り気や山の冷気、水の流れ、雪の当たる微妙な痛さ、竹や松が皮膚にさわるような触覚空間を感じる。山水の中に居る皮膚感覚だ。松岡氏の本を読んで等伯の「松林図」の背景には、南宋画の湿潤の空間が日本の湿気空間と共鳴しあっていることを知り納得した。この本は気宇広大な文化論で、中国の水墨山水画の成り立ちから、それが日本に輸入され雪舟等伯の日本流の「和の山水」にいかに成っていったか、「中国離れ」の物語を禅の日本化と連動して説いている。この和様化を漢字、和歌、作庭、能、茶まで広げ、松岡氏はその「方法」を「負の山水」に見出す。
「負の山水」とは、中国からの逸脱であり、引き算だと松岡氏はいう。現実の山水よりも胸中の山水という仮想空間の創造であり、水を引き算して、水の流れを想像させる枯山水の庭こそ「負の山水」だと主張している。そこに余白、余情が生まれる。広い視野で東洋美術から日本美術まで論じているが、さらにアングルとドラクロワ、夢想国師道元から岡倉天心内村鑑三まで、安土城狩野派、タオイズムも視野にいれており、それが見事に編集されていくのが読んでいてスリルがあって、楽しかった。
山水思想や山水一如思想が、東洋的超越思想であり、それが美学とつながっていることも興味深い。この本では少ししか触れられていないが、西欧(ギリシャ・ローマ、キリスト教、啓蒙的合理的自然科学思想)の山水思想による風景画論が、乾燥性風土のアラブ的自然論も含み論じられるともっと日本山水画の特異性が浮かび上がるかもしれないと思った。知的刺激を受ける本である。(ちくま学芸文庫