ジョン・クレブス『食』

ジョン・クレブス『食』

     動物行動学者で、英国食品基準庁の初代長官を務め、狂牛病口蹄疫などの発生に取り組んだクレブス氏の現代の「食」に関する総括的な本で興味深い。
     この本には古代人の雑食性の進化の歴史から、味覚による食物の好き嫌い、「うま味」について、ソラマメ中毒症などから書き始められている。さらに、牛肉の狂牛病、子どもの多動性障害と食品添加物、食物アレルギー、乳酸菌、さらに遺伝子組み換え食品まで科学的に分析されていて面白い。
     毎日の食事と慢性疾患、祖父母、両親の食物が世代を超えて影響するという「エピジェネティクス」の最新の研究までも触れられている。肥満症と食料不足による飢餓の格差状況が、世界にいま存在していることの矛盾も考えている。
     クレブス氏がこの本で一番重視しているのは、2050年に世界人口が100億人になったときの「食」の問題である。マルサス人口論』も触れられている。食糧増産は可能なのか。それが逆に気候変動や生物多様性にマイナスの影響を及ぼし、食料不足に導く矛盾も考察されている。
ゲイツ財団の「太陽を利用して飢えをなくす」光合成効率や、「緑の革命」による食糧増産も問題視している。例えば緑の革命は水のような少ない天然資源を枯渇させ、化学肥料や農機具に莫大なエネルギーを消費させ、品種改良で生物多様性も減少するというのだ。
クレブス氏は有機農業にも批判的で、「食」を解決しないとみている。
アフリカなどの農業開発援助も減少してきており、気候変動で北半球と南半球での格差は増大すると予測している。バイオテクノロジーにたいしても、その利益とリスクの両義性があり、EUでは批判的である、バイオ燃料や食品廃棄物の問題もとりあげられている。
私が面白かったのは、クレブス氏が日常の飲食物の問題として、温暖化やエネルギー消費(餌)が多い肉、とくに赤身の牛肉を減らすことが、2050年の食料問題の解決になるという今の世界の傾向とは、逆のことを述べていることだ。(丸善・サイエンスパレット、伊藤佑子・伊藤俊洋訳)