ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』

ブルガーコフ巨匠とマルガリータ

     ウクライナの作家・劇作家ブルガーコフ(1891−1940年)の幻想小説の傑作である。ソ連時代を生きたキエフ大学医学部を出たブルガーコフは、医者で演劇家というチエホフに経歴は似ている。だが、モスクワ芸術座に迎えられたが、反体制的とみられ、戯曲は上演禁止、小説も発表できなくなる。家に閉じこもり、この小説などを密室で書き続け死んでいった。
     スターリンの死後、ソ連崩壊後にブルガーコフは復活し、21世紀に入っても評価は高まるばかりだ。日本でも戯曲集が出され、『悪魔物語・運命の卵』(岩波文庫)も翻訳されている。作家・池澤夏樹氏は「派手なスペクタルであり、笑いの止まらないコメディーせあり。幻想文学であり、愛と復讐の物語だ」(『池澤夏樹の世界文学リミックス』河出文庫)という。私も面白くて一気に読了した。
    まず悪魔がでてくる。愛する小説家・巨匠のためにマルガリータが悪魔に魂を売るところでは、ゲーテの『ファウスト』を連想するし、「小説の中の小説」にはゴルゴダの丘のキリスト処刑と、罪に悩むローマ総督ポンティウス・ピラトウスが出てくるので、ドストエスキーも連想する。だが私は疎外され精神病院に幽閉される巨匠のために、悪魔がモスクワの文化官僚や劇場経営者に復讐するところから、ゴーゴリ幻想小説を思い出した。
    政治権力や官僚的文化界に対する、想像力による文学の勝利が超現実の手法によって描かれていく。ブルガーコフは、科学的・合理的といわれた社会主義が、党官僚制とスターリンの非合理的独裁によって崩壊していく小説であると、私は読んだ。(西島建男『逆転の読書』)
    日常性の中に、偶然の超現実が紛れ込む。「悪魔」はその象徴幻想であり、ブルガーコフの解放的で奔放な想像力は、人間の自由とはなにかを考えさせてくれる。悪魔の大舞踏会は、有名人の風刺がふんだんにあるし、マルガリータが魔女に変身し、モスクワの上空を飛んでいくシーンは、宮崎アニメ『魔女の宅急便』のような、自由な開放感があってとても感動する。(岩波文庫 上・下巻、水野忠夫訳)