川合康三『杜甫』

川合康三杜甫

  私は漢詩を読むとき、翻訳の読み下し文を読む前に、五言や七言律詩の漢字の姿を、絵画を見るように凝視する。すると、意味も分からず、読めない難字にもかかわらず、漢字からリズムが聴こえてくるように思えるのだ。例えば杜甫の有名な「春望」。
    國破山河在
    城春草木深
    感時花濺涙
    恨別鳥驚心
   川合氏によれば、盛唐(8世紀)の詩人杜甫は、生前は無名だったという。死後評価され、北宋・蘇軾により儒家思想で「詩聖」にまで高められ、いま中国でも「社会主義リアリズム」「人民詩人」とレッテルが張られている。
    日本でも小川環樹は「杜甫の沈鬱な低音は、民衆の苦痛を表現するもの」(『唐詩概説』岩波文庫)とか、斯波六郎「孤独を自分一人の問題とせず、人間すべての問題とし、更に生物すべての問題として感得しておる」(『中国文学における孤独感』岩波文庫)とかいう論もある。
   川合氏は、杜甫の漂泊・ノマドの苦難の人生を描く、没落士族の家に生まれ、下級官吏になったがすぐ辞め、家族とともに四川省成都まで移住し、洞庭湖の南で小舟のなかで、59歳の人生を終えた杜甫の漂泊を、漢詩とともに辿り、悲傷を乗り越えようとする意志と、世界との対峙する姿勢から杜甫に肉薄している。
    陶淵明のように、帰る故郷もなかった。さらに中国の文人たちと違い、茫漠とした捉え難く、意識の薄暗がりの「不可知の領域」に踏み込んで詩を創造したと述べている。
  若い時から放浪し、李白とも知り合うが、李白はあまり認めていなかったというのは面白い。官を求めるが、虐げられた人々や社会の不正に眼を向ける。玄宗皇帝の領土拡張政策を批判し、「君は已に土境に富むに、辺を開くこと一に何ぞ多き」を川合氏は挙げている。杜甫イデオロギーでなく、個人として平安な暮らしを失った人々の不幸を歌う。
    「兵車行」では、戦争に駆り出され、辺境に行かされ帰らない人々と家族の悲嘆を歌い、「麗人行」では楊貴妃一族の奢侈と権勢を批判する。貧富の格差。皇帝に取り入る白楽天との相違だ。晩年の家族を引き連れ漂泊する旅には、「不可知の領域」の詩が創られたと川合氏は指摘している。漂泊のなかで、老いていく貧窮の晩年の詩は、凄みがある。
    李白は、舟から川に映った月を取ろうとし水に墜ち水死し、杜甫は、貧窮で最後にと牛肉と濁酒を飲み、小舟のなかで死んだという。二人とも舟の中で死んだ。(岩波新書