タブッキ『供述によるとペレイラは』

アントニオ・タブッキ『供述によるとペレイラは』

  1994年のタブッキのこの小説は、これまでの遊戯性の強く、幻想的小説とは異なり、1938年スペイン市民戦争下、ドイツではヒトラーが政権を取った時代のファシスト政権のポルトガルを舞台にした現実社会を扱っている。ピカソが描いたドイツ空軍のゲルニカ無差別爆撃は、1937年に起こっている。
  リスボンで中年の肥満体で汗かきの新聞記者ペレイラは、大新聞社会部記者を辞め、小新聞の文芸面の編集長になる。(部員はいない)。病弱な妻は数年前に死に、子どもはなく一人暮らしの孤独なノンポリで、フランス文学を愛する文学中年である。それがリスボンで若い男女と知り合うことにより、次第に「冒険」に巻き込まれていく。
  この青年はスペイン市民戦争の共和国派で、リスボンで支援の運動をしていることが次第に明らかになっていく。ノンポリの中年のペレイラが、いかにこの青年に惹かれ政治意識に目覚めていくかが面白い。新聞社の編集部長はポルトガル民族主義であり、愛国的に自国の文学者をもっと扱い、フランス贔屓を批判する。生と死、全体主義自由主義、文化と政治、非政治と政治などの緊張関係が描かれていく。
  平凡で、心臓病に不安を抱え、日常生活を愛し、死んだ妻の写真と会話するペレイラが、秘密警察に青年を虐殺され、密かに新聞にその事実を書いて出し、亡命していくラストシーンは感動させられる。
  英雄的でない「たった一人の反乱」が、孤高の市民の自然な行動として行われていくことを、タブッキは坦々と描いていくのだが、逆に「人格」の底にある崇高さを明らかにしていくことに通ずる。訳者・須賀敦子は、解説でカトリック左派との関連を指摘している。(白水社須賀敦子訳)