ゴルドーニ『珈琲店・恋人たち』

ゴルドーニ『珈琲店・恋人たち』

 18世紀バロック演劇の喜劇作品で、ヴェネチィアの劇作家ゴルドーニのドラマである。田之倉稔にいわせると、バロック演劇は「流動性」と「移ろいやすさ」が特徴で、「軽さ対重み、時間対永続」の対立を扱い、変身や二重性をもった人物がドラマ化されているという。(『ゴルドーニ劇場』晶文社)確かに「二人の主人を一度に持つと」や「ヴェネツィアのふたご」はそうかもしれない。だが、この「珈琲店」など2作品は人間関係の愚かさを、軽妙な会話で描き、遊戯性が強く、人間の間違いやすさとエゴの確執が、いかに寛容と和解のハッピーエンドに至るかを描いている。喜劇の王道である。
 「珈琲店」は、当時流行りだしたコーヒーの店を舞台に、賭博に溺れる若い商人と引き戻そうとする妻と店主や、インチキ伯爵とその蒸発した夫を追ってくる妻の愛情が交錯する。それにいかさまをしている賭博場主人と、噂話を人々に吹き込むお喋りでやっかいな滑稽男などが繰り広げる風俗喜劇である。
 「恋人たち」は、深く愛し合う恋人同士の嫉妬と疑心暗鬼が、怒りや仲直りを繰り返し、何回も破局に成りそうになる。私は英国の作家・ジェイン・オースティンの「高慢と偏見」が、印象感情の誤解を観察と知性によって愛を修正していくのに対し、ゴルドーニは激情のなかの対決で愛を深めていく喜劇とも読めた。
 恋人同士の会話が面白く、その愚かさが愛情に裏付けられているから、悲劇に成らずハッピーエンドに行き着くのでほっとする。人間の愚かさや、間違いやすさを悲劇にいかずに、ユーモアをもって和解に至るためには、寛容と自己感情に偏執しない「軽やかさ」が必要と同時に、劇的演技という遊戯的知恵も大事だということを、ゴルドーニの演劇は示してくれる。翻訳がいい。(岩波文庫平川祐弘訳)