上野川修一『腸の不思議』

上野川修一『腸の不思議』

 腎臓は脳に似て、いると思うが、さらに腸は「第二の脳」ともいわれる。(D・ガーション『セカンドブレイン』)上野川氏の本を読むと、腸は食物の吸収・消化の器官だけでなく、人体最大の免疫器官であり、脊髄と並ぶ一億個の神経細胞を有する神経器官であり、第二のゲノムといわれる独自の遺伝子をもつ腸内細菌との共生の場であることがわかる。上野川氏は「腸の時代」が始まったという。
 腸が第二の脳といわれるのは、食物が腸に入ると腸神経伝達物質を腸管を囲む神経系に送り、その筋肉を規則正しく動かす「蠕動運動」をおこし、食物の消化を行う。これは脳から完全に独立している。また腸免疫系は高度に発達している。食物とともに入る病原菌を排除し、有益なもののみ消化するシステムは詳しく述べられている。自己と非自己の区別を免疫の役割とした多田富雄『免疫の意味論』は、胸腺だけでなく、実は腸だったというのも驚きである。腸が体を守り、その免疫を他器官にも伝える。
 私が面白かったのは、腸内に1000種、100兆個を超える「腸内細菌」との共生である。腸内細菌は、消化・吸収、ホルモン系、神経系、免疫系の働きに重大な影響を与えていると上野川氏は指摘している。細菌は腸内細菌の善玉菌の乳酸菌やビフィズス菌や、悪玉菌の大腸菌Oー157やO-111が注目されている。肥満とも腸内細菌が関係しているとも言う。人間の胎児は母親の胎内にいるときには腸内細菌は存在しない。誕生してからどうして腸内細菌という真核細胞と共生するようになるのかとか、無菌マウスのほうが、腸内細菌をもつマウスに比べ、冒険的で攻撃的だが、サヴァイバルのため必要な神経伝達物質や運動調節の遺伝子が少なく、免疫系も弱いというのも考えさせられる。私たちの身体は、1億個の腸内細菌と共生し共進化してきたということは、体の中の外界として腸がとらえられ、環境生態系としての人間に気づかされる。(講談社ブルーバックス