グッドウィン『リンカーン』(その2)

グッドウィン『リンカーン』(その2)
この伝記を読んでいると、トルストイの『戦争と平和』を連想してしまう。とくに南北戦争が始まってから、首都ワシントンでの人々の生き方や、戦場における戦闘や司令官の在り方など、グッドウィン氏は多量の書簡類など資料を使い、リンカーンや閣僚、司令官、政治家、兵士、そしてその家族、さらにホワイトハウスなどの社交界の姿などを描いていく。そのなかで、リンカーンが苦悩と挫折、様々な人間関係のなかで、奴隷解放宣言に至る過程は見事に書かれている。
 リンカーンの政治家としての凄さは、その人事経営の見事さである。政敵だった3人を主要閣僚に任命し、寄り合い所帯の新党・共和党を中庸の妥協路線で指導し、奴隷制度廃止の急進派と保守派の平衡をとり、南部に同情的な陸軍司令官を我慢して使う。左右を平衡しながら、自己の政治を貫徹していくポナパルチズムである。リンカーンは、独立宣言と合衆国憲法愛国主義であり、連邦主義者だったと思える。南北戦争を、第二の独立戦争だと思っていたかもしれない。急進派のような奴隷廃止論者だったわけではないし、はじめは解放奴隷をアフリカに再度帰国させる考えの持ち主だった。だが南北戦争が次第に奴隷解放アメリカでの自由労働に傾かせる。
 リンカーン夫人メアリーも、グッドウィン氏はその姿を生き生きと描いている。ホワイトハウス社交界のため装飾、家具などで飾り立ての浪費で資金がなくなり大統領に泣きつく。12歳の三男ウィリーが腸チフスで死んでいく場面は、涙を誘う。腸チフスが流行したのも、ポトマック川に多数の北軍兵士が野営したため、ワシントンの上水道が汚れ感染症がはやったとすれが、ウィリーの死は、「戦死」といっていい。夫人のショックは大きく降霊術にこったりするが、重傷の兵士の慰問看護に精を出したりする。
 閣僚の家族の生き方や、恋愛なども『戦争と平和』のように読める。リンカーンはどんな困難の時も、シエイクスピアや詩を朗唱しながら、ユーモア話を連発しながら、時を待つ姿は感動する。リンカーンのたびたびの前線視察が、戦闘を避けようとする陸軍司令官解任などで、戦闘を変えていく。(中公文庫中巻、南北戦争、平岡緑訳)