梅棹忠夫『狩猟と遊牧の世界』

梅棹忠夫『狩猟と遊牧の世界』

人類史を採集・狩猟、牧畜、農耕、産業の段階にわけ、地球規模で考えた人類学の名著である。梅棹はモンゴルからシベリアのツングース、アフガンや東アフリカ・ダトーガ遊牧民などのフィールドワークを基に、自然社会の進化を辿っている。自然社会との共生の採集・狩猟社会から農業革命、産業革命と進化しているというのが通説だった時に、梅棹は「牧畜革命」という概念を入れステップ遊牧民を人類史の重要な要素として位置づけた。現代では遊牧民社会は終末を迎えているが、その野生の記憶は人類史に刻まれている。
牧畜革命の起源は狩猟起源か農耕起源かがあるが,梅棹は多元的起源の可能性を示唆している。牧畜革命は農業革命と同じレベルのもので、大家畜群のコントロールの技術としての「乳搾り」と「去勢」さらに「騎馬」の技術の発見からなる。面白かったのは、農業社会が生産の余剰から都市や階級格差を産みだす重層・異質化社会なのに対し、牧畜・遊牧社会は核家族を基に自営牧畜者が中心同質・平面社会だという指摘だ。強大な牧者としての帝王(ジンギスカン王家もヒツジ群をもつ自営牧者と梅棹は仮説を述べる)もその同質・平面社会からでたという。
もう一つ面白かったのは、農業と牧畜を比較している点だ。農耕が栄養繁殖による栽培文化(タロイモ、ヤマイモ、バナナなど)と、種子繁殖の栽培文化(コムギやコメなど)の違いを、牧畜でもイヌ、ネコ、ニワトリなど非牧畜的家畜と、放牧されたウシ、ウマ、ラクダの牧畜的家畜とに分けて論じていることだ。「むれ」をつくる性質のウマ、ウシ、ヒツジなど偶蹄類の牧畜が、家族という人間の組織と非常に巧妙に結合された共生的な体制の指摘は、家族の起源としても考えさせられる。人類学と歴史学が結びつき、さらに自然環境の地球史として今後の研究が梅棹の論を基に必要だろう。(講談社学術文庫