バルガス・リョサ『緑の家』 

2010年ノーベル文学賞受賞バルガス・リョサを読む。『緑の家』は多層的・多声的にペルーのアマゾン支流とアンデス山脈の間の地域でのスペイン系ペルー人やインディオ日系ブラジル人の生き様と人間関係を扱った全体小説である。様々な断片が組み合わされて最後には、全体の構図が見えてくる。40年に渡り5つの物語が組み合わされている。だがフローベルから影響を受けた作家らしくリアリズムの手法は崩していない。20世紀60年代のラテンアメリカ小説の時代に聳える作品である。
 この小説の舞台は、アマゾンの密林の集落(ニエバ)と、砂漠の縁にあり砂の雨が降る小都市(ピウラ)の二極からなっている。ピウラは功利と警察や治安警備隊が駐在する近代文明の出先の小都市で、ここには下層民や根無し草の人々が集まり、「緑の家」という娼家ができる。教会もあり神父による「緑の家」焼き討ちの場面は迫力がある。ニエバは密林の縦横に走る水路の中の集落であり、インディオのいくつかの部族が住み、カトリックの尼僧院もある。原始野生のなかでゴムや皮の密売や白人とインディオの暴力的葛藤もある。
 様々な人間が出現するが、そこにはアマゾンの密林のような原始野生の情熱が生き方を引っ張っていく。密林からでてきたアンセルモはハープ弾きであり楽団をニエバで結成し娼家「緑の家」を作る。盲目の少女をさらい子供を産ませる。この長編小説はアンセルモの死で終わる。アンセルモのハープも緑色で娼家も緑色で密林を象徴し、最後にアマゾンの生まれと分かる。もう一人謎の日系ブラジル人フーシアはインディオとゴムなど密輸をアマゾン支流川の島に住み、ピウラの治安警備隊に追われる。最後に密林のなかで難病で孤独に死んでいく。
 アマゾンの密林が文明的功利により開発されていくとともに、人間のなかに巣食う原始野生の情熱も色あせ、つまらない平板な俗化を遂げていく。(岩波文庫木村栄一訳)