『野尻抱影』

野尻抱影―星は回る』
野尻抱影『星の民俗学

           いまや天文学は、観測衛星や火星到達など宇宙の星を詳細に知るようになっている。またビックバンからパルサー星、ブラックホール、目に見えないニュートリノ重力波と、相対性理論の時代に入っている。地上でも電気照明都市時代では、星を見る機会も少なくなっている。プラネタリウムにいくか、高山に登るしかない。
          古来から人類は星空をみあげ、観測し想像を悠久の天体に繰り広げ、星座や星の名、伝説、民俗などを繰り広げてきた。野尻は英文学者だが、国民性による星の見方の相違を天文民俗学と名付け、『星の民俗学』を昭和27年に出版している。伝説を中心に、北極星シリウス、スバル星東西、南極老人星、ヒヤデス星団など書き面白い。
          『野尻抱影―星は回る』は、平成27年出版だが、「星の文人」野尻のアンソロジーとして、寺田寅彦串田孫一のエッセイのように、明確な名文で星の世界と、自らの観測体験、星の伝説を東西の資料を博捜して述べている。
          地上の人間と悠久の星の世界の関わりが、天文学とは違う人間主義で書かれている。
          野尻の文章は無駄のない星座のような名文だ。「スバルは西南の天頂で青白く団まっている。オリオンは南の中空にいすわって、雄大な長方形中心でミツボシがやや傾いてきらめき合い、星空のにじみも見える。その左下にはシリウスが超一等の強烈な光にあえいでいる。そしてそれを取り巻く一等・二等級の星たちが、いわば一国一城の主らしく光を競っている」(「星曼荼羅」)
         野尻は、私が死んだら行く星はオリオンだという。このアンソロジーでも、オリオン賛歌が多く見られる。「オリオン現れる」「三つ星覚書」など。オリオンと北斗七星のどちらかを消すといわれたら、北斗七星だという。
         私は、「砂漠の北極星」や「南極老人星を見る」「南十字星」というエッセイが面白かった。宇宙を「宇宙原理」で考えるとともに、野尻のように「人間原理」で見るのも楽しい。(『星の民俗学講談社学術文庫、『野尻抱影平凡社