シェルー『アンリ・カルティエ=ブレッソン』

クレマン・シェルー『アンリ・カルティエ=ブレッソン

20世紀最大の写真家・カルティエブレッソンを論じた本である。「決定的瞬間」という写真集で有名だが、ブレッソンは「写真は永遠のなかで、目もくらむような一瞬をとらえるギロチンの刃だ」という。瞬間と永遠をとらえる芸術で、平凡のなかに特別さを見る「俳句」的だ。写真家という自己を忘却させるというが、ブレッソンの写真は、外部をとらえる眼が、自己の内面もとらえるのだ。
シェルーの本で、ブレッソンシュールレアリズムに若いとき影響を受け、直感、不服従、偶然、めぐりあわせ、体験重視を学んだという。と共にロートの画塾で黄金比など幾何学的構図をも重視したとも。官能性と厳格主義の奇妙な混合なのだ。面と線と色価のリズム。
ブレッソンはグローバルに歩き回って写真をとる。アフリカ、アジア、アメリカ、キューバソ連ルポルタージュポートレートには、数多くの傑作がある。平凡な人間への愛情と共感。傑作といわれる「ジョージ6世の戴冠式」でも、国王でなく式典でもなく、見物人にカメラを向ける。
有名人のポートレートも撮影したが、演出を嫌い、自然の不意打ちの瞬間にいい写真がある。ガンジーマチスカポーティサルトルがあるが、私は科学者キュリー夫妻がドアを開けた瞬間を撮った写真は凄いと思う。
「写真を撮るとは、頭と眼と心を同じ照準線にあわせること」というブレッソンは、ライカを使った。ライカはあつかいやすく、目立たないから撮影の混乱を最小限にするという。機動性とめだたなさ。撮影時に自在に動ける。演出やスペクタクルを嫌った。
20世紀末には若い写真家にブレッソン批判が強まったとシェルーは指摘している。決定的瞬間や幾何学的構図、トリミング禁止に反発し、演出や物語性、逆に「私小説的」な作品がもてはやされたという。それだけブレッソンの影響力は大きかったのだ。
      晩年にはデッサンも描いている。スケッチで現実を観察し固定することは死ぬまで続いた。2004年95歳で死去した。(創元社伊藤俊治監修「知の再発見」双書)