別府輝彦『見えない巨人−微生物』

別府輝彦『見えない巨人―微生物』

          「地球という惑星と共生している『見えない巨人』―それが微生物なのです」と微生物学の別府東大名誉教授はいう。2015年ノーベル生理学・医学賞を受けた大村智氏は、放線菌から杭寄生虫抗生物質エバーメクチンを見つけ、ヒトを失明させるオンオセルカ症の治療に役立っている。
           微生物の驚異的な力が、別府氏のこの本でよくわかる。微生物は見えないサイズの小ささだが、高い代謝活性と増殖能力をもち、さらに地球一の多様性を持つ。この本で微生物と人間の関わりを、「発酵」「病気」「環境」の三つに分けて、微生物の生き方を述べていて面白い。
           微生物は有機物を分解する「分解者」であるが、発酵という「生産者」の役割を人類の古い歴史から持ってきた。バイオテクノロジーの原点は、発酵工業からだ。発酵文化として、酒、醤油、味噌に使われるコウジカビは「国菌」ともいうべきである。牧畜文明を支えた乳酸菌、うま味の基である「グルタミン酸発酵」などの、精密な自動制御の知的ゲームを紹介する。再生資源の植物バイオマスとしてのエタノール、さらにプラスチックを、乳酸発酵のポリ乳酸で作るというのに驚く。
           微生物は感染症など病気を起こすが、同時に医薬品の宝庫になる。抗生物質という大発見から、薬剤耐性と動く遺伝子の話は微生物の深さを教えてくれる。新しい感染症の進化や、未知の病原体の出現は、インフル、エイズ、エボラ、マラリヤ耐性菌、テング、ジカ熱などに見られ、世界は病原微生物との共存をいかにするかを、別府氏の本は考えさせてくれる。
環境の中の微生物は興味深い。微生物の分解能力は、微生物による廃水処理、石油流出の修復、微生物による採鉱法、雪を降らせる細菌などの仕組みと問題点が指摘されている。マメ科植物と根粒菌、カビが支える植物、細胞内共生など興味がつきない。
           私が面白かったのは、集団としての微生物で、細菌がつくる高層建築であるバイオフィルムや、多様な化学信号で通信を交換する細菌集団である。共生関係だけでなく、集団として微生物間で動く遺伝子や、化学信号を介するネットワーク、さらにDNAの水平移動など、今後大きな発展が期待される。(ベレ出版)