高野秀行・清水克行『世界の辺境とハードボイルド室町時代』

高野秀行・清水克行『世界の辺境とハードボイルド室町時代
         
              高野氏は「謎の独立国家ソマリランド」の著者で、世界各地の辺境に滞在し、ノンフィクションを書く。清水氏は、「喧嘩両成敗の誕生」など書いた民衆史の日本中世史学者。辺境ソマリランド室町時代を比較照合した面白い本である。確かに昔の日本と世界の辺境は、我々には異文化世界でもある。
              室町もソマリ社会も複数の法秩序が鬩ぎ合っていて、市場で窃盗犯がつかまるとリンチされる。法秩序と民衆の自前のルールとが競合している。ソマリ氏族の保護と復讐のシステムでも、両社会で似ている。事件の罪悪よりも、社会の秩序や公平の回復を重視する。ソマリには賠償が、室町では贈答が大切にされるという。
              ソマリア内戦と応仁の乱の比較も面白い。首都モガディシュと京都の都市が、虐殺の対象になる。都市にはいると氏族のルールがなくなり、略奪に走る。室町でも足軽の存在が略奪を強める。ただし村社会と遊牧社会の違いはある。
             モガディシュの氏族自治区には、中世末期から江戸初期の「かぶき者」がいたというのも面白い。専制かカオスかという時、専制の信長やイスラム過激派が台頭する。
             高野氏は信長が正義、公平をいうのと「イスラム主義」の類似性を指摘している。応仁の乱前後に、セーフティネットとしての自力救済の地域共同体の「ムラ社会」が出てくる。高野氏も室町とソマリの共通性として、名誉意識と集団主義を挙げている。
             相違として非差別民の存在が、日本では、家畜の屠殺や革製品制作に現れるが、ソマリでは刃物つくりの鍛冶屋や鍋などの鋳掛が差別されたという。遊牧社会と農業社会の相違だろうか。異端という二人の対談は面白い。アカデミックな世界では、思いつきと見なされそうな問題が、生き生きとした視点で論じられている。
            室町時代に日本も「辺境」だったから、比較は可能だろう。超時空の「歴史人類学」として様々な考えるヒントを与えてくれる本だ。(集英社インターナショナル