加藤浩子『オペラでわかるヨーロッパ史』

加藤浩子『オペでわかるヨーロッパ史

  オペラには、近世ヨーロッパ史を扱った歴史オペラ・グランドオペラが多くある。加藤氏が、史実と対照させ、検閲やフィクションでいかに史実が変えられていったかを丹念に描いていて面白かった。私はこの本を読みながら、日本の浄瑠璃や歌舞伎が、支配層の検閲をおもんばかり脚色していったかを連想した。忠臣蔵義経菅原道真など。
       加藤氏はヴェルディの専門家だから、近代イタリア統一時代のヴェルディの史的オペラを多く扱う。イタリアの作られた統一時代に、中世シチリアの占領軍虐殺を描く「シチリアの晩鐘」、14世紀ジェノヴァ共和国平民総督の悲劇「シモン・ボッカネラ」、16世紀マントヴァ国の宮廷道化の「リゴレット」、プッチーニ「トスカ」など、いかに上演禁止と検閲で、史実が虚構化されていったかがわかる。
       近世イギリス史のエリザベス時代をあつかったドニゼッティの三部作「アンア・ポレーナ」「マリア・ストゥアルダ」「「ロベルト・デヴェリユー」は、メロドラマ化したエリザベス女王やメアリ女王を描くが、史実が膨らんでいくのが面白い。
       ヴェルディドン・カルロ」は、父子相克、三角関係の私が好きなオペラだが、シラーが理想化したドン・カルロが史実ではいかに「不肖な息子」で暗黒面を持っていたかを加藤氏は指摘していて興味深い。またムソグルスキー「ボリス・ゴドノフ」も、上演を帝室劇場で却下され書き換えられる。波乱、暗殺、テロ、民衆のポピュリズムに16世紀末の偽ドミトリー皇帝の簒奪は、怪人物が乱出するオペラだ。
       ヴェルディ「仮面舞踏会」も、スウェーデン国王暗殺の史実が、いかに検閲の餌食になって変わっていったかが窺える。ヨーロッパ史とオペラの関係が詳しく書かれていて面白かった。(平凡社新書