山田康弘『つくられた縄文時代』

山田康弘『つくられた縄文時代

       縄文時代が、世界的石器時代のなかで、日本史という「一国史」のなかでのみ作られた日本だけの特異な歴史観だという。国立歴史民族博物館教授で、先史学者・山田氏が論ずるのだから面白い。
       戦前には「縄文時代」という言葉は使われず、戦後の「新しい日本史」という近代史の発展段階史観で、「弥生時代」とともに用いられ、占領後の独立国家の独自性という政治的な意味さえ持っていると山田氏はいうのだ。世界的には普遍性はなく「国史」のなかだけなのだ。
       縄文時代とは、狩猟・採取・漁撈による食料獲得経済からなり土器や弓矢の使用、建物・貝塚の存在から定着性もある。本格的農耕を行っていない新石器時代なのである。山田氏がこう見る前提には、考古学などの発掘により、1万年にわたる長期の時代に多様な土器、遺跡が続々発見されてきた状況がある。年代も炭素測定などで、縄文と弥生の時期区分も500年も変わってきた。縄文・弥生がいつ始まったかも明確さはない。
       さらに日本列島では、北海道から南西諸島にかけて、多様な土器様式が発掘され多様性の複数文化という見方も出てきており、「縄文文化」と一括りしにくい状況もある。さらに遺跡の研究から、「移動・定住」や、「平等・階層化」といった明確な史観でくくれなくなってもいる。水田稲作はなかったとしても、農耕や牧畜による管理生産も出てきている。
        縄文のキーワーである「定住・人工密度、社会の複雑化」も多くの考古学発掘で進んできているが、環境、地域、生業など多様性があり、単線的進歩史観ではとらえられなくなる。それだけ先史研究がすすんだからである。山田氏の本を読んでいると、縄文という土器様式でくくるのは無理だし、弥生との相違の二極化も、「人種」「容姿」まで明確に分離しているという見方に、疑いが出てくる。
        山田氏は、考古学史料により、「縄文人の死生観」まで踏み込んでおり、「再生・循環」という円環的死生観と、古墳時代に至る祖先の系譜的死生観の二つから論じているのも興味深い。(新潮選書)