ヴォーゲル『訒小平』

エズラ・F・ヴォーゲル訒小平

     アメリカの社会学者・ヴォーゲル氏といえば、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を書いて、日本でもベストセラーになった。今回は『現代中国の父 訒小平』(日本経済新聞出版社・2013年)という大著を書き、中国。香港、台湾で100万部をこえるベストセラーだという。1200ページもある長編なので、そのエッセンスを社会学者・橋爪大三郎氏が聞き手になって、まとめた。
     たしかに読みやすい。清朝末期に四川省の農村に生まれ儒教教育を受けた訒小平の一生をたどるが、それは近現代中国の革命期と重なっている。1914年の反日五四運動に参加し、近代化による愛国主義者になり、フランス留学中に共産党に入り、モスクワで中山大学でマルクス主義を学ぶ。
     ヴォーゲル氏は、西欧近代資本主義とソ連社会主義の両方を見分していた訒小平が、中ソ対立でソ連を批判し、「改革開放」の社会主義と市場資本主義の折衷を編み出していったと示唆している。帰国すると国共内戦に巻き込まれた。訒小平は一貫して「毛沢東派」だった。だが毛沢東の革命的ロマン主義とは一線を画すプラグマチックな実務家だったという。
     例えはよくないが、毛が西郷隆盛とすれば、訒小平は、富国強兵を官僚制とともに推進した大久保利通なのではなかろうか。
     訒小平が「不倒翁」といわれ、大躍進や文化大革命を生き延びてきたのは不思議だ。毛沢東がその才能を重視していたという説明だけではものたらない。毛沢東のなかにも大衆運動による経済成長の試みで数々の失敗をえて、訒小平の専門技術人材と、外国資本導入という「改革解放」の考え方に共感する部分があったと思う。
     あれだけの戦略家毛は、訒の粛清は損だという予感があったのかもしれない。訒小平は、ソ連型計画経済の欠陥もよく知っていた。共産党独裁を維持するためにも必要だった。
     文革でも生き延びた訒の戦術も見事だ。だが、毛と同じく革命家だった訒は、「天安門事件」では強権による弾圧を行う。訒小平には、「民主より愛国」なのである。訒は「走資派」と批判もあるが、この本を読む限り資本主義者とは思えない。
     中国を強大な経済大国・軍事大国に生まれ変わらせる民族的愛国主義者だと思う。反日・反植民地という「五四運動」の精神は生きているのだ。(講談社現代新書、聞き手橋爪大三郎))