小西甚一『日本文藝の詩学』

小西甚一『日本文藝の詩学

     小西氏は国文学者だが、アメリカ・スタンフォード客員教授など海外で教えた人である。印象批評や本文批判を避け、作品・テクストを精査し、何故その作品が感動させるかを緻密におこなう「分析批評」の立場をとる。
     この本では、鎌倉、室町、江戸時代のニュー・クリティシズムを考察したり、三島由紀夫と古典作品との関係を分析したりしている。だがこの本の中心は、松尾芭蕉の発句を分析批評で、徹底的に論じたことだろう。
     芭蕉の「海暮れて鴨の声ほのかに白し」と「夏草や兵どもの夢のあと」の二句を中心にした分析は面白い。貞亨期から始まる芭蕉の描写型表現は、明治期の正岡子規もいう「客観写生」とは違い、現実の素材「離れ」があった。それは「静かさ」を、深く集中して凝視するトーンがある。またイメージに「共感覚」があり、聴覚・視覚の共感覚で「鴨の声白し」が作られる。
    元禄期から主題が発見され、景物と情思の浸透とイメージの配合がおこると、小西氏は、発句をもとに分析する。小西氏の凄さは、芭蕉の句が、杜甫など唐宋詩よりも、禅林詩の影響が大きいという発見である。
    芭蕉の「匂い付け」は、禅的な線型の連続性と、論理的な思考からの「離れ」にあるという。禅の静寂の俳句や、「さびしさ」「閑寂」などは、孤独なマイナス志向ではなく。閑寂に禅的な宇宙の普遍的実在をみるプラス志向に「転回」させたという。それが「さび」なのだと小西氏はいう。その原初は仏教思想だが、和歌でも藤原俊成藤原定家西行から始まっていると、分析している。
    小西氏は、芭蕉の句には、幼稚な写生というような客観描写性はなく、描写の彼方にある普遍世界の巨大さに迫ろうとしたと述べている。(みすず書房