益川敏英『科学者は戦争で何をしたのか』

 益川敏英『科学者は戦争で何をしたか』

    2008年ノーベル物理学賞を受賞した益川氏が、現代科学のおかれた揺らぎの状況に警鐘を鳴らした書である。私は益川氏に、戦後の核兵器開発に協力した物理学者たちが、贖罪意識から1955年に核廃絶を求めた「ラッセル・アインシュタイン宣言」の精神を見た。
    湯川秀樹朝永振一郎坂田昌一(益川氏の師)の精神伝統が生きている。科学者の国家動員である「マンハッタン計画」や、ベトナム戦争時代の「ジェーソン機関」に対する批判が、益川氏の反戦平和運動の根底にあると思う。
    科学者でなく、人間としての目線をという益川氏は、科学が巨大化し人間の手から遠ざかり、科学者でさえ専門の細分化で、全貌が見えないブラックボックス化しているという。市場原理が研究者を取り巻き、「選択と集中」が研究資金の基盤になる。STAP細胞問題、不正論文、特許訴訟などは、巨額なお金と関わり、短期的成果主義が強まる。
    益川氏が危惧するのは、日本で急速に進む「軍学協同」である。防衛省の技術研究本部が、大学と技術の情報交換を盛んにしている。2015年には、国家安全保障戦略として、東大の軍事研究一部容認が報道された。名古屋大学の軍事研究をしないという「平和憲章」が、国会で批判する質問まで出てきている。
    科学は「中立」だとしても、今問題なのは、軍事と民生両方に使える「デュアルユース」という両義性なのである。このジレンマは、研究者はみな抱えている。すでに原子力では、軍事利用と原発などの「平和」利用の両義性にも見られるし、テレビの電波がビルに反射し画像がぶれるのを防止する酸化鉄のセラミック入り塗料が、見えない戦闘機ステルスの敵レーダー回避に行き着く。
    益川氏は9条科学者の会を作り、名古屋大学の「平和憲章」に則る科学研究を目指すが、安倍首相の暴走による解釈改憲による「戦争をする国」への分水嶺に、今来ていると、この書で危機感を訴えている。(集英社新書